薬剤師国家試験は薬剤師なら誰もが必ず通った道。毎年、試験の難易度や合格率が話題になりますが、国試は“現役薬剤師”として基本的な知識を再確認するチャンス。橋村先生の解説で、国家試験の過去問を「おさらい」しましょう!
10月は乳がん検診を推進する「ピンクリボン」月間で、第3日曜に検診が受けられます。
著名人がコメントを発信し、大々的にピンクリボン運動が行われるなど、世の中の関心度が高い乳がんですが、その注目度ゆえに、民間療法など根拠がない情報が氾濫し、正確な情報にたどり着きにくくなってしまっているのも事実です。
そこで今回は、乳がんを題材とした第101回薬剤師国家試験 問191を利用して、現時点での根拠のある治療法を確認していきます。
【過去問題】
問 191(病態・薬物治療)
36歳女性。主婦。最近、左乳房の腫瘤に気付き、病院の乳腺外来を受診した。
身体所見:
身長 158cm。体重 50kg。血圧 128/70mmHg。左乳房の触診にて、内上方に 1cm大の硬結を触知した。生理周期 28日。
検査所見:
尿所見 正常、末梢血検査 異常なし。生化学的検査・腫瘍マーカー検査:CEA 8.0ng/mL(正常値 5.0ng/mL以下)、エストロゲン感受性(+)、プロゲステロン受容体(+)、HER2蛋白 陰性。
CEA;carcinoembryonic antigen
HER2;human epidermal growth factor receptor type 2
検査の結果、外科的手術を行い、その後、薬物治療を行うこととなった。この患者に適応となる薬物はどれか。2つ選べ。
- 1トラスツズマブ
- 2アナストロゾール
- 3タモキシフェンクエン酸塩
- 4フルベストラント
- 5ゴセレリン酢酸塩
解説
- 1 トラスツズマブ:HER2ヒト化モノクローナル抗体。適応がHER2陽性乳がん。該当患者は問題文(HER2蛋白陰性)からHER2陰性の乳がんであると分かるため、適応となりません。
- 2 アナストロゾール:アロマターゼ阻害薬。適応が閉経後乳がん。該当患者は問題文(生理周期28日)から閉経前であると分かるため、適応となりません。
- 4 フルベストラント:抗エストロゲン薬。適応が閉経後乳がん。該当患者は問題文(生理周期28日)から閉経前であると分かるため、適応となりません。
– 実務での活かし方 –
乳がん発生はエストロゲンと深い関係が
日本の2016年の乳がん死亡数は女性約14,000人であり、女性がん死亡数全体の約20%を占めます。2013年の女性乳がんの罹患数は約76,000例(全国推計値)で、女性のがん罹患全体の約20%を占めます。
年齢から見ると30歳代から増加しはじめ、40歳代後半から50歳代前半でピークを迎え、その後は次第に減少しています。
発生要因としては、女性ホルモンのエストロゲンが大きく関与(がん細胞の60~70%)しており、エストロゲンが乳がん細胞の中にあるエストロゲン受容体と結びつき、がん細胞の増殖を促すことにあります。
ここで、乳がん発生の危険性を高める因子を確認しましょう(表1)。
ホルモンバランス | 体内のエストロゲンが多い、経口避妊薬の使用している(体内にエストロゲンを加えている)、閉経後のホルモン補充療法を受けている |
---|---|
身体的特徴 | 初経年齢が若い、閉経年齢が遅い、出産経験がない、初産年齢が遅い、授乳経験のない第一親等のうち乳がんになった血縁者がいる、良性乳腺疾患にかかったことがある、高濃度乳房、高身長、放射線による正常細胞への障害がある |
生活習慣関連 | 飲酒、閉経後の肥満、身体活動度が低い |
乳がんが見つかるきっかけとしては、マンモグラフィなどによる乳がん検診や、日頃からのセルフチェックなどが挙げられます。
自覚症状は、乳房のしこり、乳房及び乳房周辺の皮膚症状の異常、乳房周辺のリンパ節の腫れなどがあります。
ただし、乳房のしこりの場合は、乳腺症や線維腺腫、葉状腫瘍の可能性もあります。
皮膚症状の異常の場合は、乳腺症、線維腺腫、乳腺炎、蜂窩織炎などが考えられます。
がん細胞のタイプにより適切な薬物療法を
乳がんは、がん細胞がもつ遺伝子の特徴によって分類することで、より適切に薬物療法を選択することができます。分類方法としては、サブタイプ分類というがん細胞の増殖に関与する3つの要素があります。
- 1 ホルモン受容体(ER=エストロゲン受容体、PgR=プロゲステロン受容体)
- 2 HER2
- 3 Ki67値(がん細胞の増殖活性)
さらに、1~3を5つに分類し、乳がんの特徴を細分化します。
サブタイプのがん細胞は、それぞれ性質が異なるため、それぞれに適した薬物療法(ホルモン療法、抗HER2療法、化学療法)を選択することができます。表2で確認しましょう。
サブタイプ分類 | 薬物療法 | ホルモン受容体 | HER2 | Ki67 | |
---|---|---|---|---|---|
ER | PgR | ||||
ルミナルA型 | ホルモン療法 | + | + | - | L |
ルミナルB型 (HER2陽性) |
ホルモン療法 化学療法 抗HER2療法 |
+ | ± | + | L~H |
ルミナルB型 (HER2陰性) |
ホルモン療法 化学療法 |
± | ± | - | H |
HER2型 | 化学療法 抗HER2療法 |
- | - | + | なし |
トリプルネガティブ | 化学療法 | - | - | - | なし |
これらの薬物治療の主な目的は、治療期により異なりますが、一般的には術前・術後の初期治療といわれている期間であれば完治のための微小転移防止、再発予防となります。進行期や再発治療においては延命や生活の質の維持などが挙げられます。
乳がんの大きな要因エストロゲンとホルモン療法の選び方
次に、ホルモン感受性乳がんの発生に大きな影響を与えているエストロゲンに関与するエストロゲンの仕組みとホルモン療法の基礎的な使用方法を図と表3で確認していきましょう。
ホルモン療法は、ホルモン剤により体内のエストロゲンの働きを妨げたり、つくられないようにしたりして、がん細胞の増殖を抑える治療方法です。
大切なことは、このエストロゲンが体内でつくられる仕組みが、閉経の前と後とでは異なるということ。閉経前は卵巣でつくられますが、閉経後は副腎皮質から分泌されるアンドロゲンが脂肪組織や筋肉や肝臓などにあるアロマターゼという酵素の働きにより、エストロゲンにつくりかえられるようになります。
エストロゲン生成の仕組みの違い
閉経前では卵巣を刺激する脳の下垂体の働きを抑えることで、エストロゲンの分泌を減らし、乳がん細胞の増殖を止める作用をもつLH-RHアゴニスト製剤(図①)と、がん細胞にあるエストロゲン受容体が結合します。
乳がん細胞の増殖を止める抗エストロゲン製剤が用いると、閉経後は男性ホルモンからエストロゲンに変化させる酵素アロマターゼを阻害し、乳がん細胞の増殖を止めるアロマターゼ阻害剤(図②)と、抗エストロゲン薬(図③)が用いられます。
適応 | 投与法 | 作用機序 | 薬剤名(一般名) | 主な商品名 |
---|---|---|---|---|
閉経前 | 皮下 | LH-RHアゴニスト製剤 | リュープロリン | リュープリン |
ゴセレリン | ゾラデックス | |||
閉経前後 | 経口 | プロゲステロン | メドロキシプロゲステロン | ヒスロンHなど |
抗エストロゲン製剤 | タモキシフェン | ノルバテックスなど | ||
閉経後 | トレミフェン | フェアストンなど | ||
筋注 | フルベストラント | フェソロデックス | ||
経口 | アロマターゼ阻害薬 | アナストロゾール | アリミデックスなど | |
エキセメスタン | アロマシンなど | |||
レトロゾール | フェマーラなど |
事例
前編では乳がん発生の7割近くの要因となっているエストロゲンに関わる薬剤を紹介しました。
エストロゲンは本来女性の健康にはなくてはならない働きをしているホルモンです。ホルモン療法はエストロゲンの利用を抑え治療法のため、更年期様症状の発現やコレステロール増加、体重増加、骨量低下などの副作用が現れます。
次回後編では、分子標的薬や化学療法治療薬にふれていきます。