薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第60回

エボラ出血熱の治療薬がついに登場

約9割にものぼる致死率と驚異的な感染力で恐れられてきたエボラ出血熱。2014~2015年にかけて西アフリカで発生した大流行のニュースは記憶に新しいでしょう。有効な治療の手立てが見つからないと考えられてきましたが、近年有望な臨床結果報告が相次いでいます。今回、その最新事情を紹介します。

感染症は人類の歴史をも動かす

人類の誕生以来、感染症は人々の最も恐るべき敵のひとつでした。ペスト、結核、梅毒、インフルエンザなどなど、大規模に流行して歴史の流れを大きく変えた病気は、枚挙に暇がありません。20世紀に入ってからでさえ、「不治の病」と恐れられた疾患は数多く残り、さまざまな悲劇や問題を引き起こしたことはご存知の通りです。

この状況が大きく変わったのは20世紀半ば、ペニシリンをはじめとした抗生物質の登場以降のことです。これら画期的な新薬は多くの細菌感染症を駆逐し、人類の平均寿命の向上に大きく貢献しました。

しかし、これで問題のすべてが解決したわけではありません。抗生物質では治療不可能な、ウイルスを病原体とした感染症は、いまだ人類にとって大きな脅威であり続けています。ウイルスはそれぞれに構造も生態も異なるため、多くのウイルスに対して有効な汎用的治療薬を創出するのは、きわめて難しいのです。

インフルエンザウイルスやHIVなど、特定のウイルスにターゲットを絞った治療薬は登場していますが、まだまだその種類は多くありません。こうした事情のため、人類を脅かすウイルス感染症はいまだ数多く残っているのが現状です。

世界を震撼させたエボラ出血熱

そうした恐るべき感染症のひとつが、エボラ出血熱です。アフリカ中央部で主に発生するウイルス性疾患であり、高熱、倦怠感、頭痛などの症状を発します。この病気が恐れられるのは、最高で80~90%に達することもある高い死亡率と、患者の体液に接触しただけで感染するという、強い感染力のためです。2014年から15年にかけてはシエラレオネ、リベリア、ギニアなどを中心とした大流行が発生し、2万8千人以上が感染、1万1千人以上が死亡するという惨事を引き起こしました。

鼻や消化器からの出血など、症状が見た目にも強烈であることもあり(ただしすべての患者が出血するわけではありません)、エボラ出血熱は何度か映画や小説の題材ともなっています。たとえば映画「アウトブレイク」では、エボラ出血熱をモデルとした感染症がアメリカに持ち込まれ、感染が拡大する様子が描かれています。

これは決して絵空事ではなく、2014年からのエボラ出血熱大流行においては、アメリカ、スペイン、イギリス、イタリアなどで患者が発生し、死者も出ています。これらの国では幸い大流行には至りませんでしたが、人口の密集した先進国の都市でこの病気が拡大したら、ましてバイオテロに用いられたら――どうなるか想像するのさえ恐ろしいところです。

このような恐るべき感染症ですから、その治療薬開発には多くの努力が払われてきました。エボラ出血熱に感染し、回復した元患者の血液や血清を投与する方法も行われましたが、抗体が十分にできないケースがあること、他のウイルスによる感染を広げる可能性があることなどが指摘され、広く用いられるには至っていません。

希望の光が見えてきた

そうした中で注目を浴びたのが、富山化学(現在富士フイルム傘下)が開発したインフルエンザ治療薬ファビピラビル(商品名アビガン)という薬剤でした。ファビピラビルは核酸塩基と間違われてウイルスに取り込まれ、RNAの複製を妨げる作用を持ちます。こうしたメカニズムですので、インフルエンザウイルスと同様RNAを遺伝子として持つエボラウイルスにも、効果があることが期待されたのです。

ファビピラビルの動物実験では、感染後早い段階での投与ならば十分な効果を持つことが示されました。臨床試験でも有望な結果が得られており、今後の流行の際には活躍が期待されます。

一方、抗体医薬を用いる方法も試されています。米国のベンチャー企業マップ・ファーマシューティカルズは、マウスにエボラウイルスの抗原タンパク質を注入してできた抗体をもとに、「ZMapp」という抗体医薬を製造しています。この薬は2014年からの流行で臨床試験が行われ、患者数不足であったものの死亡率が40%低下するという好結果を収めました。

さらに今年に入り、ベンチャー企業リジェネロン社の開発した抗体医薬3剤のカクテルが、ZMappを上回る好結果を示すことが発表されました。治療を受けない患者の死亡率が75%であったのに対し、ZMappを投与された患者は49%、リジェネロン社のカクテルを投与された患者では29%までに死亡率が低下していました。特に、感染初期段階で治療を受けた患者では死亡率が6%にまで下がっており、WHOの責任者からも「成功は明らか」とのコメントが出されています。

もちろんこれら抗体医薬には、供給や経済面の問題なども残りますから、まだまだ万々歳といえるような状況ではありません。とはいえ、最も恐るべき感染症にもこうして治療法が出てきたことは、医学史上に特筆されるべき出来事でしょう。アビガンなど低分子医薬も含め、この分野のさらなる進展を期待したいところです。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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