薬にまつわるエトセトラ 公開日:2021.09.06 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第83回

イベルメクチンはどんな薬?注目される背景と効能の評価

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行開始以来、多くの治療薬候補が現れては消えを繰り返しつつ、少しずつ進歩は続いています。そうした中で、最近良くも悪くも注目を集めているのが、イベルメクチンという存在です。積極的に使用する根拠が薄いにもかかわらず、なぜこれほどまでに注目を集めているのでしょうか。経緯を整理し、効能について現在(2021年9月4日時点)明らかになっている情報をまとめます。

イベルメクチンという薬

この薬は、大村智博士が放線菌の産物として発見した化合物に、化学変換を加えて作られたものです。1980年代から動物向けの駆虫薬として販売された後、アフリカで流行しているオンコセルカ症(線虫の一種による感染症)にも有効であることが判明、多くの人を失明から救いました。この功績で、大村博士は2015年のノーベル生理学医学賞を受賞しています。

一方、イベルメクチンは駆虫作用だけではなく、いくつかのウイルスに対して増殖抑制作用を持つことも明らかになっていました。

試験開始

COVID-19の流行が始まった2020年4月、オーストラリアのグループから、イベルメクチンがコロナウイルスの増殖を抑えるという結果が報告されました(ScienceDirect 抗ウイルス研究 2020年6月、178巻より)。ただしこれは試験管内での実験(in vitro)レベルの話であり、また使用量もかなり多量です。

そしてこれと同時期、エジプトのエルガザールらのグループは、サージスフィア社のデータを基に、イベルメクチンがCOVID-19による死者を90%以上減少させるという結果を発表します。この衝撃的な論文により、世界の目は一挙にイベルメクチンに集まることになりました。

ただしこの論文はプレプリントサーバー(審査前の論文を投稿・発表できるサイト)に投稿されたものであり、専門家の査読を経たものではありませんでした。しかしその影響は大きく、いくつかの国でイベルメクチンの投与が行われるようになります。

こうした結果をまとめて解析し(メタアナリシス)、イベルメクチンの有効性を謳うサイトや学術論文も登場しました。日本では、大村博士の研究拠点であった北里大学が医師主導治験を行うなど、盛んにイベルメクチンの研究を進めています。

 

捏造発覚

しかしこうした中で、前述のサージスフィア社のデータに捏造が発覚します。きっかけを作ったのは、ロンドン大学の修士課程の学生でした。彼は、授業の課題でこの論文を読んでいるうち、他の著作物からコピーしたらしい部分がいくつもあることに気づいたのです。

この連絡を受けた研究不正の専門家がチェックしてみると、偶然ではありえないようなデータ操作の痕跡が多数見つかりました。これを受けて2021年7月に本論文は撤回され、このデータを含めて解析していたメタアナリシスも、大きな影響を受けることになりました(nature、2021年8月2日より)。
 
他の大規模な臨床試験でも、多くは効能が認められていません。肯定的な結果が出ている研究もありますが、多くはエビデンスレベルの低いものです。現状のイベルメクチンの評価は、次のようになっています。

コクランレビュー:有効性と安全性は不確実であり、治療または予防にイベルメクチンを用いることは支持されない
・世界保健機関(WHO):イベルメクチンは、治験以外では「症状の度合いや期間にかかわらず、いかなる患者にも」使用すべきではない(AFP BB News、2021年4月1日より)
MSD(イベルメクチンの販売元):有効性について意義のあるエビデンスは存在しない

少なくとも現状では、イベルメクチンを積極的に使用する根拠は薄いというべきでしょう。

「イベルメクチン推し」の出現

ところが最近、これと逆行するような動きが起きています。たとえば8月10日には、テレビのワイドショーに出演した医師が「コロナの特効薬」であるイベルメクチンを全国民に配るべきだと発言し、これが間違っていたら自分は医師免許を返上するとまで言い切りました。

他にも、東京都医師会会長の医師、発見者である大村智博士も熱心なイベルメクチンの推進者で、いくつかの研究結果を挙げて積極使用をアピールしています(読売新聞オンライン、2021年8月19日より)。

こうした声を受け、イベルメクチンを個人輸入し、予防や治療用に自己判断で服用する人も出てきているようです。しかしイベルメクチンには当然副作用もありますし、とうてい推奨できることではありません。米国では、動物用イベルメクチンを勝手に服用する人が増えて中毒者が続出し、救急車や救急処置室が満杯になる事態さえ起きています(Newsweek、2021年9月3日より)。

イベルメクチンの問題は、パンデミック下における医薬研究の難しさを浮き彫りにしました。少しでも早く治療薬が欲しいという思い、医師や研究者・政治家の功名心、国産医薬を求める国粋主義的な感情、政府や製薬企業に対する不信感、反ワクチンの陰謀論などが絡み合い、問題を必要以上にこじれさせているように思います。最近では、寄生虫駆除薬であるイベルメクチンが効くのだから、パモキサンなどの駆虫薬も有効との噂も流れるなど、さらに混乱に拍車がかかっています(日テレNEWS24、2021年8月27日より)。

この7月1日、大村博士の依頼のもと、興和が国内でイベルメクチンの臨床試験を開始すると発表がありました。一年以上にわたったイベルメクチン狂想曲も、これで決着がつくことでしょう。

 

<参考URL>
・Flawed ivermectin preprint highlights challenges of COVID drug studies(nature、2021年8月2日)

※本稿は2021年9月4日時点の情報をもとにしています。


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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