薬にまつわるエトセトラ 公開日:2023.01.12 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第99回

国産コロナ治療薬「ゾコーバ」が緊急承認! 名前の由来や効果、評判は?

2022年11月22日、塩野義製薬のCOVID-19治療薬「ゾコーバ」(一般名エンシトレルビル)が緊急承認を受けました。流行開始当初から待望久しかった、初の国産治療薬です。

テレビの街頭インタビューやSNSなどを見ると、ゾコーバの登場により「これでだいぶ安心できる」といった声が上がっています。一方で専門家からは、その承認の過程などについて疑問を呈する向きもあるようです。

ゾコーバ(xocova)の名称は、ノックアウトを意味する「xo」と、COVID-19の「cov」を合わせたものに由来するといいます(同じ塩野義のインフルエンザ治療薬「ゾフルーザ」と同様の命名)。さてゾコーバはコロナをノックアウトできるのか、その実力を見ていくとしましょう。

 

 

ゾコーバはどんな薬?

以前も本連載で述べた通り、ウイルスはシンプルすぎて狙い所が少なく、治療薬を創るのが難しい存在です。コロナウイルスもその例に漏れませんが、数少ない狙い所の一つが「3CLプロテアーゼ」という酵素です。

この酵素はウイルスの複製に不可欠なものですので、その働きをブロックしてしまえば、コロナウイルスの増殖をストップさせられる理屈です。

このためCOVID-19の流行開始直後から、3CLプロテアーゼ阻害剤の開発競争が始まりました。このレースで一番にゴールを果たしたのはファイザーで、2021年12月にパキロビッドパック(日本での商品名、以下パキロビッド)が米国で緊急承認を受けています。

その直後には、パキロビッドとは異なるタイプ(核酸アナログ)の医薬である、メルク社のラゲブリオも同様に緊急承認を受けました。

一方ゾコーバは、北海道大学との共同研究によって創出された化合物であり、パキロビッドとターゲットこそ同じであるものの、分子構造は全く異なっています(北海道大学ウェブサイトより)。

この化合物の開発は、塩野義製薬の手代木社長の号令のもと急ピッチで進められ、2022年2月25日に承認申請が行われました。ファイザーやメルクには遅れを取ったものの、研究開始から2年ほどでここまでこぎ着けたのは、極めて異例です。

しかしここからの道のりも、平坦ではありませんでした。審査が行われたものの、有効性を証明するデータが不足として、いったんは継続審議となっています(日経バイオテク[2022年9月28日]より)。9月に発表された新たなデータを加え、ようやく11月に緊急承認となりました。

 

ゾコーバの効能

ゾコーバを服用できるのは、12歳以上の軽症・中等症患者で、重症化リスクの有無は問わないとされています。これは、重症化リスク因子(肥満、高血圧、糖尿病など)を持った患者のみ服用可とされる、パキロビッドやラゲブリオと異なる点です。発症から3日以内に服用を開始し、1日1回、5日間飲み続けることと規定されています。

そして臨床試験の結果、判明した効能は次のとおりです。

 

●鼻水、のどの痛み、せき、発熱、倦怠感の5症状が改善する時間を、約24時間短縮する。
●重症化を防ぐ効果は確認されていない。

 
さらに注意すべき点として、動物実験で催奇性が確認されており、妊婦や妊娠している可能性がある人は使用不可とされています。また、高血圧や高脂血症の薬など、併用不可の薬が36種類指定されています(Science Portal[2022年11月24日]より)。

こう見てくると、正直なところ「使いづらそうな薬」という印象は否めません。症状が出ている期間を1日縮める程度の薬効というのは、重症化率を89%も低下させるパキロビッドに比べ、(今の段階では)力不足と見えます。

 

 

政治的背景

ゾコーバは、日本における「緊急承認制度」が適用された医薬品の第1号となりました。これは、パンデミックなど緊急時に、国民の生命や健康に重大な影響を与える恐れがある病気の蔓延を防ぐために、簡略化された手続きで承認を行うものです。しかし、すでに先行薬がある中で「緊急」に承認を行う必要があったのか、疑問の声も上がっています。

また、自民党の有力議員である甘利明氏は、臨床試験のさなかに「厚労省を督促して承認を急がせる」という内容のツイートを発して、批判を浴びました。

そして承認前から、政府は塩野義製薬との間に、ゾコーバの100万回分の購入契約を結んでいます。承認後には、加藤勝信・厚生労働大臣や岸田首相も歓迎のコメントを発表するなど、ゾコーバの背景にはどうにも政治の影が見え隠れします。

大きな経営的リスクを覚悟して、正面からCOVID-19に取り組んだ塩野義経営陣の決断、研究開発に当たった社員の頑張りは、大いに称賛すべきと思います。

しかし、もっと有効な医薬がすでにある中、国産だからといってゾコーバを無理に推すようなことがあれば、不利益を被るのはつらい思いをしている患者さんたちでしょう。今の状況にあって何がベストであるのか、決定権を持つ方には慎重に考えてほしいと思うところです。

 
<関連記事はこちら>
・薬にまつわるエトセトラ 第25回 薬の名前~語尾でわかる構造と薬効
・薬にまつわるエトセトラ 第86回 コロナの飲み薬はゲームチェンジャーになるか?
・薬にまつわるエトセトラ 第93回 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はどのように終わるのか

 
<参考URL>
・塩野義製薬との共同研究で創薬に取り組む―国産初の新型コロナ治療薬「ゾコーバ」承認|北海道大学
・塩野義のコロナ経口薬ゾコーバ、第2/3相試験の第3相部分で主要評価項目を達成|日経バイオテク[2022年9月28日]
・厚労省、塩野義の「ゾコーバ」を緊急承認 国産の軽症者向けコロナ飲み薬は初めて|Science Portal[2022年11月24日]


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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