映画・ドラマ

公開日:2017.11.23 映画・ドラマ

「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。

vol.21「フィラデルフィア」(1993年・アメリカ)

法律事務所で働く敏腕弁護士ベケットは、体調不良で検査を受けた結果HIV感染を宣告される。会社側は仕事上のミスをでっちあげ、彼を解雇。不当な差別と闘うためにベケットは意を決して訴訟に踏み切る。彼の毅然とした姿勢に心打たれた弁護士ミラーの協力を得て、ついに自由と兄弟愛の街フィラデルフィアで注目の裁判が幕を開けた…。『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ監督が“エイズ”というシリアスなテーマに挑んだ感動のドラマ。

―HIVに感染した弁護士の尊厳を守る戦い―

 

今日ご紹介するのは、HIV感染症を真正面から扱って評価の高い、1993年のアメリカ映画「フィラデルフィア」です。デンゼル・ワシントンとトム・ハンクスのダブル主演で、特にHIV感染症の弁護士を演じたトム・ハンクスの演技が高く評価され、多くの映画賞を総なめにしました。

 

トム・ハンクス演じる主人公のアンドリュー・ベケットは、名門法律事務所で将来を嘱望されていた若手弁護士でしたが、実は同性愛者。エイズに罹患して治療を受けており、そのことを職場には黙っていました。しかし、体調が悪化したことからエイズを疑われ、ミスを仕組まれてそれを口実に事務所を解雇されてしまいます。彼は職場を不当解雇で訴えることを決め、自分の弁護士を探しますが、引き受け手がありません。最後にたどり着いたのが、デンゼル・ワシントン演じる弁護士のジョー・ミラー。優秀でしたが、同性愛を嫌悪していてエイズにも偏見を持っています。いったんは断ったベケットの弁護を、ミラーに引き受けさせたものは何だったのでしょうか。そして、ベケットと彼を取り巻く人々に、裁判は何を残したのでしょうか。

 

HIV感染症を扱った映画はたくさんありますが、この映画は病気そのものと言うより、強い偏見にさらされたエイズ患者の尊厳の問題をテーマとしています。最初のエイズ患者がアメリカで報告されたのが1981年で、1980年代の後半には、エイズが主に男性同士の性交渉で感染するという考え方が広まりました。これは確かに事実ではあったのですが、当時まだアメリカでも強かった同性愛への偏見と結び付いて、患者を差別する意識につながったのです。実際、同じようにエイズを理由に仕事を解雇されることが、当時は多くあったようですし、今もないとは言い切れません。この映画にはそうした時代背景があります。それを理解することが、より深く鑑賞することにつながると思います。

 

一方で、偏見は乗り越えられるものでもあります。この映画の主人公のひとりである弁護士のミラーは、最初は同性愛者に偏見を持ち、エイズ患者と握手をしただけで、感染するのではないかとおびえていました。しかし、ベケットとそれを取り巻く人々との交流の中で、彼らと深い絆を持ち、深い友情で偏見を乗り越えてゆくのです。この映画の最も感動的な部分はそこにあると思います。最初は偏見に凝り固まった悪党のように描かれている、事務所の代表の大物弁護士も、実際にはベケットに対する嫌悪感と愛情とのはざまで揺れていることがわかります。そのあたりの人間の複雑さに対する深い洞察が、この映画を傑作にしているゆえんだと思います。

 

衰弱する過程を極めてリアルに演じたトム・ハンクスは言うまでもなく名演なのですが、偏見からの心の解放を、説得力を持って演じたデンゼル・ワシントンもそれに匹敵する素晴らしさです。また、大物弁護士を演じた名優ジェーソン・ロバーツの、複雑な心の揺らぎを感じさせる演技も特筆ものだと思います。

 

HIVの治療は、この映画のころには、本編中にも何度も登場するAZT(アジドチミジン)という抗ウイルス剤が唯一の治療薬だったのですが、その後長足の進歩を遂げます。1996年からは、多剤併用療法と言って、複数の抗ウイルス剤を組み合わせて使用することにより、治療効果と治療の安全性は格段に向上。現在では、薬を適切に飲み続けていれば、エイズ自体で死亡することはほぼない、というくらいまで成績は向上しています。しかし、二次感染の問題もあり、治療は一生続けないといけないうえに、他の病気を併発するリスクもありますから、克服されたとは言えない状況です。HIVと患者さん、そして医療の闘いは、今もまだ続いているのです。

 

薬剤師の皆さんも、HIV感染症の患者さんと接する機会があるかもしれません。映画に描かれているような時代もあったことを頭において、患者さんに接すると、薬の説明などについても新しい視点が生まれるかもしれません。時代背景も考えながら、ぜひこの正統派アメリカ映画を味わっていただきたいと思います。

 

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

北品川藤クリニック:http://www.fuji-cl.jp/

ブログ:http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

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