学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。
いま、医療や医薬に対する不信が現場に広がっています。その大きなきっかけとなったのは、「週刊現代」誌の6月11日号に掲載された「ダマされるな!医者に出されても飲み続けてはいけない薬」と題した特集でした。
この記事では、各種のARB、プラビックス、ジャヌビアやアクトスなどの糖尿病治療薬、クレストール、アリセプト、ロキソニンなどよく処方される医薬の副作用が列挙され、軒並み「飲み続けてはいけない薬」としてやり玉に上げられています。また、医師や教授、医療ジャーナリストといった肩書きの人々が、実名入りでこれらの薬の危険性を解説していることも、記事のインパクトを強めていました。
この特集は大反響を呼び、売り切れとなった書店が多く出たようです。これに気をよくした同誌編集部は、各種医薬はもちろん、外科手術や全身麻酔の危険性を煽る記事を8週にわたって連続掲載しており、なおシリーズは続きそうな勢いです。
このため医療の現場からは、「患者が薬を疑い、飲んでくれなくなった」「危険性について多くの患者に説明を求められ、診療に支障を来している」といった声が相次いでいます。薬剤師の皆さんにも、すでにこうした事態を経験されている方が多いのではないでしょうか。もちろん、服薬に関してきちんと説明を行うのは薬剤師の重要な仕事のひとつではありますが、必要以上に副作用を危険視されては、治る病気さえ治らなくなります。
週刊現代の記事を筆者が読んでみた限り、もちろんいくつか真っ当な指摘もあるものの、めったにない副作用をあげつらって、過剰に危険を煽っているものがほとんどと感じます。また、記事中にコメントを掲載された医師やNPOが、「話した内容をねじ曲げられ、本来の意図と異なる書き方をされた」と反論するケースも複数起きています。
こうした状況を受け、週刊文春や週刊SPA!、週刊プレイボーイといったライバル誌が、週刊現代に対する反論記事を掲載していますが、週刊現代からはこれに対する十分な弁明はなされていません。週刊現代の記事群は、控えめに言ってもかなり問題の多いものと言わざるをえないでしょう。
たとえば、スタチン系薬剤のひとつであるクレストールに関しては、横紋筋融解症という副作用があることを挙げ、「横紋筋が融解し、筋細胞中の成分が血中に流出すると、腎不全を発症し、死に至る場合もあります」という医師のコメントを掲載しています。
もちろん、スタチン剤にこうした副作用があるのは事実ですが、その発生率は非常に低く、初期症状に注意していれば大事に至ることはありません。それなのにスタチン剤の服用を一律にやめてしまえというのは、ハンドルの操作ミスによる事故を取り上げ、全ての自動車からハンドルを撤去すべきだと主張しているようなものでしょう。なすべき対策はハンドルの撤去などではなく、正しい操作法と知識を普及することであるはずです。
残念ながら、医薬から副作用を切り離すことはできません。もし、賃金を今より20%上げるべしという法律ができたら、労働者は喜ぶでしょうが経営者は青ざめるでしょうし、物価の上昇など様々な悪影響も発生するはずです。誰にも好影響ばかりが及ぶ法律改正がありえないのと同様、医薬もまた良い作用ばかりというわけには行きません。法律も医薬も、社会や人体という極めて複雑な系に影響するものだからです。
というわけで、医薬は必ずリスクと利益を伴い、利益の方が上回ると判定された時に投与されるものです。薬の利益の有無、リスクの大小は、単なるカンや経験のみではなく、膨大なデータに基づく根拠(エビデンス)によって支えられています。
また、副作用などのリスクを最小限に抑えるため、人体の専門家である医師と、医薬の専門家である薬剤師がダブルチェックを行った上で、ベストと思われる方法で投薬が行われ、使用上の注意が与えられます。
これらの事柄は、医療関係者にとっては当たり前でも、患者の側にとっては決して当然ではありません。週刊誌によって植えつけられた患者の不安を取り除くためには、こうしたことを改めてしっかりと説明する必要があるでしょう。適切な解説をプリントして薬局の壁に貼る、チラシとして配布するなどの工夫も、場合に合わせて行ってみてはいかがでしょうか。