西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!
第30回 五行学説の中医学への応用 (4)五行を人体の病理に応用:相剋関係の伝変
五行間での病気の伝わり方には、大きく分けて「相生関係の伝変」と「相剋関係の伝変」の2種類があります。前回は、前者の「相生関係の伝変」についてお話ししました。今回は(4)「相剋関係の伝変」について学んでいきましょう。
2. 相剋関係における病気の伝わり方
第24回でお話ししたように、「相剋関係」は「抑制するもの」と「抑制されるもの」の関係をあらわしました。もし、「相剋関係」のバランスが崩れると、「相乗(抑制し過ぎ・第25回)」や「相侮(逆に自分が抑制されてしまう・第26回)」が起こるのでしたね。
同様に、相剋関係における病気の伝わり方も、「相乗」と「相侮」の2種類があります。
相剋関係における伝変 | |
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相侮(逆方向の相剋)で病が伝わる | 比較的、病状は浅くて軽い傾向 |
相乗(行き過ぎた相剋)で病が伝わる | 比較的、病状は深くて重い傾向 |
相乗(そうじょう)で伝わる:
復習になりますが、「相乗」とは、五行のうちの「剋している一行」が相手を強く抑えすぎてしまい、過度な相剋反応が起きることをいいます。「相乗」を引き起こす原因として、五行のうちの一行が、「①強くなりすぎる」「②弱くなりすぎる」の2つのケースが考えられます。五行でいうと、①は「木乗土」、②は「土虚木乗」といいます。どちらのケースも、相対的にパワーバランスとして木の方が土より大きい状態です。
①「木乗土」について具体的に考えてみましょう。
例えば、ストレスや緊張が強いときに、食欲がなくなる・胃痛・腹痛・吐き気・嘔吐・ゲップ・おなら・下痢・便秘などの症状があらわれた経験はありませんか?(どれか一つで構いません)
まさに、この状態が、「木乗土」です。
木行に属するのは「肝」、土行に属するのは「脾と胃」になります。
ストレス・緊張がかかって、いつも気分が悪かったり・イライラしていると、「肝」がスムーズに気を流すことができなくなり、「気」の流れが滞ってしまいます。
「気」は身体を温めるエネルギーでもあるため、気が詰まり続けると「気」は「熱」に変化します。これは肝のエネルギーが過剰になり、肝が狂暴化した状態で、「肝熱(かんねつ)」とか「肝火(かんか)」といいます。
狂暴化した「肝」は、過剰に「脾」を虐げます(抑制しすぎ)。それにより、先に述べた消化器系の諸症状があらわれるのです。
また、肝気の巡りが悪い状態では、イライラして怒りやすい・気分が落ち込むなど、情緒の不安定さがあらわれやすくなります。
ちなみに、ストレスで逆に食欲が旺盛になってしまうケースもありますよね。ストレスでイライラして、食欲が異常に亢進して暴飲暴食する。その結果、食べ過ぎたことでも気分が落ち込んだりもします。
これは、「肝熱」が胃に飛び火して「胃熱」になるケースです。胃熱があると、食べても食べても、すぐにお腹がすいてしまいます。「木乗土」とは、また違う病機(病理機序)になります。
②「土虚木乗」は、「脾」が極度に弱まっているため、通常程度の「肝」による抑制にも耐えきれない状態をさします。
正常状態では、「肝」の「疏泄作用(そせつさよう:全身の気の流れをコントロールし、精神を安定させ、内臓の働きをスムーズにする作用)」によって、脾気が滞らないように脾の働きがコントロールされています。
相侮(そうぶ)で伝わる:
ふたたび復習になりますが、「相侮」とは五行の中のある一行が、本来ならば剋される立場であるにもかかわらず、相手を侮るかのように逆に抑制してしまうことをいいます。「相剋関係」とは逆方向の抑制が起きる状態です。
「相侮」を引き起こす原因としては、五行のうちの一行が「①強くなりすぎる」「②弱くなりすぎる」の以下の2つのケースが考えられます。五行でいうと、①は「木侮金」、②は「金虚木侮」といいます。どちらのケースも、相対的にパワーバランスとして木の方が金より大きい状態です。
具体的に考えてみましょう。
ストレスがかかってイライラしたり気分が悪かったりすると、肝の気がうまく巡らないため、肝気が固まり、「肝火」になると先ほど述べました。
ストレスが原因で生じた「肝火」は、相乗だけでなく相侮も引き起こします。本来ならば、木行に属す肝は、金行に属す肺に抑制される立場です。しかし、受け手(肝)の方がパワーバランスとして大きいと、肺は抑えることができなくて、かえって負けてしまいます。
エネルギー過剰な肝により肺が抑えられることであらわれる症状は、わかりやすく言えば、「ストレスによる呼吸器系の症状」です。例えば、ストレスによって咳が出る、過呼吸、声がうまくでない、呼吸がうまくできない、喘息が悪化する……などがあげられます。
肝と筋肉は、関りが深いというお話を何度かしましたね。肝気が固まるとあらゆる場所の筋肉がものすごく固まりやすくなります。ストレスが強いときは、肩・首・背中など身体のいろいろな筋肉が凝りやすくなりますよね。それと同じように、呼吸筋である横隔膜などの筋肉も固まります。それゆえ、ストレスが多い人の中には、空気を吐くのは問題ないけれど、うまく息を吸うことができないという症状があらわれることがしばしばあります。
さて、ここまで五臓同士の病気の伝わり方についてお話ししてきましたが、実際には五行の生剋法則を使っても、全てを説明できるものではありません。陰陽学説ほど万能ではないのが五行学説です。なので、無理にこじつける必要もありません。
それは、今後、中医学の学びが進んで、生理・病理を理解していくうちに自然と分かっていくと思います。
しかし、どの大学の教科書にも必ず載っている学説であることから分かるように、必ず理解して実際に使えるようにならなければいけない大切な理論(ものさし)の一つです。
実際の発病では、邪気の種類も異なり、患者さんの体質もいろいろあり、病気の種類によって進行の仕方に違いがあるので、病気の五臓伝変が五行生剋乗侮の順序通りになるとは限りません。
次回は、「五行学説の診断・治療への応用」についてお話しします。お楽しみに!
参考文献:
- ・戴毅(監修)、淺野周(翻訳)、印会河(主編)、張伯訥(副主編)『全訳 中医基礎理論』たにぐち書店 2000年
- ・王新華(編著)、川合重孝(訳)『基礎中医学』たにぐち書店 1990年
- ・小金井信宏『中医学ってなんだろう①人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
- ・平馬直樹、兵頭明、路京華、劉公望『中医学の基礎』東洋学術出版社 1995年
- ・関口善太『やさしい中医学入門』東洋学術出版社 1993年
- ・王財源『わかりやすい臨床中医臓腑学』医歯薬出版株式会社 1999年