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介護現場の減薬、偽薬で後押し~薬剤費抑制一助に起業で挑む

薬+読 編集部からのコメント

偽薬を堂々の看板商品とする、その名も「プラセボ製薬」(本社・滋賀県大津市)という企業をご存知でしょうか? 同社の水口直喜社長は「薬の飲みたがり対策」「高騰する医療費対策の一助に~」の一念で偽薬が持つ可能性を探り続けます。まるでオールドジャズの名曲『It’s Only a Papermoon』の一節「たとえそれが紙のお月様であったとしても、私を信じてくれたなら、すべてが本物になる――」を思い出させる話です。

プラセボ(偽薬)を“人の為”の薬にするとの経営理念を掲げるプラセボ製薬(本社大津市)は、ほのかに甘い錠菓(タブレット菓子)を偽薬として販売するベンチャー企業だ。必要以上に薬を飲みたがる人が多い介護現場などで、本物の薬剤の代わりに使われている。減薬の成功率を高め、薬剤費の抑制につなげる狙いがある。5年前に事業を立ち上げた水口直樹社長(写真左)は、「プラセボで治せる病気もあるのではないか」と偽薬の可能性を探っている。

「プラセプラス」と名付けた製品は、直径8mm、厚さ4mmの円盤状の白い錠菓。PTPシートから押し出して口に含むと、ラムネ菓子のような舌触りがする。主な原材料は甘味料で有効成分は含まれていない。用途は介護用偽薬。薬を飲み過ぎたり、必要以上に飲みたがったりする人に擬似的に投与して安心させる。

 

同製品には、「プラセボがプラスに働く」という期待が込められている。アマゾンや楽天などインターネット通販サイトで販売しており、要介護者を抱える家族や介護従事者など、購買者は増えている。

 

 

水口氏は、「偽薬を使った減薬の取り組みが広がれば、薬剤費の抑制につながる。この仮説の正当性を検証している」と説明する。高騰する医療費対策の一助に、偽薬を使ってもらいたい考えだ。減薬に不安感や抵抗感を抱く人は一定数存在しており、「減薬した分を偽薬で補い、薬を飲むという行為は残す。こうして不安感を払拭できれば、減薬の成功率は上がる」と意気込む。

 

水口氏が事業のアイデアを思いついたのは2014年初め。京都大学大学院薬学研究科を修了後に入社した製薬企業で研究開発職として働いていた頃だ。当時、社内で開かれた企画会議でプラセプラスの原型となる製品を発表した。「成分を追加する足し算ではなく、引き算の発想」で有効成分を全て取り除いた錠剤を偽薬として提案した。

 

会社から期待されていたのは100億円規模の売上見込み。水口氏は、部長職らを前に「不必要な薬の代わりに偽薬を使えれば100億円の医療費削減につながるかもしれない」とプレゼンテーションした。「アイデアは面白い」という評価もあったが、製品化には至らなかった。食品である偽薬の販売に会社は消極的で、企業イメージの悪化も懸念材料だった。

 

会社を辞めて、プラセボ製薬を立ち上げたのは14年3月。自信や確信はない中で、起業の決め手になったのは実験的な精神だ。「自分のアイデアがどこまでのものか検証したかった。やらずに後悔するよりは、やって後悔したかった」と当時の心境を振り返る。

 

同年7月に「プラセプラス」を発売した。しばらくは1週間に1個ほどのペースの注文が続いたが、発売後、家庭や職場で介護に携わる人などを中心に新規顧客は着実に増えた。今では年間売上高1200万円以上が当面の目標だ。販路はインターネット通販のみで、個人名義の購入が多くを占める。今後は卸売業者を経由して、薬局や病院など医療機関とも取引したい考え。

偽薬活用へ、医療従事者に期待

 

目標売上高の達成に向けては、製造コストの高さや販路の不足、商品の供給力などが課題になっている。特に水口氏が最も大きな壁と感じているのが、介護用偽薬の認知度や信頼性の低さだ。

 

15年10月に水口氏が実施したアンケート調査では、介護経験のない9091人のうち約93%が「介護用偽薬を知らない」と回答。また、約35%が「介護用偽薬を使ってほしくない」と回答した。「使ってほしい」は、約14%にとどまった。一方、介護経験のある1912人からは肯定的な回答が多数得られた。約45%が介護用偽薬を知っていると回答し、約43%が使用に肯定的だった。

 

水口氏は、「介護経験の有無で偽薬に抱く印象は大きく変わる」との仮説を導き出した。偽薬に肯定的なイメージを抱く人の割合が介護未経験者の約1割に対して、介護経験者は約4割だったためだ。「偽薬の使用に否定的な考えが多数を占めるのが現状。ただ、要介護者の増加に伴い介護経験者が増えれば、偽薬に対する印象も変わっていくだろう」と予測する。

 

偽薬の医療応用は海外が先行している。米国では、偽薬と明かした上で投与し、治療効果を測定する「オープンラベル・プラセボ試験」が進む。過敏性腸症候群の患者を対象にした試験で有意な治療効果が見られるなど、一定の成果があった。有償で偽薬の治験をしたり、プラセボ専門の研究所を設立したり、偽薬を積極的に活用する機運は高まっている。

 

事業を成功させるためには、こうした社会的な機運の高まりが不可欠だが、水口氏は「その端緒を開くのは医療従事者だ」と期待をかける。医師や薬剤師、看護師などの専門職が偽薬を選択肢として提示するようになれば認知度は向上し、信憑性も高まるからだ。実際に「プラセプラス」の購入者の中には、「担当医に勧められて使い始めた」という人も多い。市場の開拓に向けて医療従事者を巻き込んでいく。

 

既に「プラセプラス」を使って減薬の取り組みを進めている薬局薬剤師も出てきている。水口氏は「薬の飲みたがり対策に、薬剤師から偽薬を提案してもらえれば、すれ違いなく購入者に情報を提供できる。患者の問題解決という点でも意義は大きい」と話している。

 

偽薬には大きく二つの使い道がある。一つは、プラセボ効果を利用するパターン。本物の薬と信じ込ませて症状を軽減させる。もう一つは、プラセボ効果を利用しないパターンだ。飲み過ぎている薬の代わりに投与して、副作用の重篤化を予防する。プラセプラスは飲み過ぎ対策に使われることが多いが、水口氏は「将来はプラセボ効果を利用して病気を治療する用途でも販売したい」と展望する。

 

こうした考えを抱く要因の一つには、臨床試験に感じる矛盾がある。「新薬の臨床試験の結果を見ると、プラセボ群の回復幅が大きい医薬品もある。まずプラセボを投与して様子を見るという治療法があってもいいし、やってみるべきだと思う」と偽薬の可能性に力を込める。

 

偽薬で治せるものは偽薬で――。プラセボ製薬の社会実験は続く。

 

 

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出典:薬事日報

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