製薬各社、ゲーム技術に熱視線~予防と未病への参入機会に
新薬創出の難易度が向上し、継続的な新薬創出が困難となる中、製薬企業の新規事業として、ゲームでヒトの行動変容を促す“ゲーミフィケーション”を取り入れたヘルスケアソリューションの開発が加速している。異業種と手を組み、医療アプリにゲーム要素を取り入れて生活者が継続的に運動を行えるソリューション開発を進め、予防・未病領域への参入を図る。従来の医薬品で治療満足度が低い中枢神経疾患領域ではゲームで治療するという新たな試みも始まっている。国内の医療用医薬品市場がマイナス成長に突入する中、医薬品とは異なるアプローチで治療とヘルスケアの市場開拓に挑んでいる。
■スコア化が親和性に寄与‐行動変容、医療費抑制効果も
製薬各社は自社創薬から外部提携によるオープンイノベーションに舵を切っている。一つの新薬を創出するのに約26億ドルかかり、新薬開発成功確率は低下するなど事業環境は厳しい。日本企業による新薬上市数を見ると、2003年から18年にかけても年平均10製品と新薬創出国として一定の存在感は示しているが、薬剤の対象患者数減少や薬価引き下げに直面し、投資回収効果が下がってきているのが現状である。
新薬に経営資源の選択と集中を進める製薬各社は、こうした状況を打開するため、重点疾患領域で医薬品が介在する治療の領域だけでなく、予防医療や在宅医療などペイシェントジャーニーを包括したヘルスケアビジネスを模索するようになった。IT技術を積極導入する中、その活用方法として注目されるようになったのがゲーミフィケーションという機能だ。
ゲーミフィケーションは、「ゲーム以外の文脈にゲームの要素を展開する」という意味で、ゲームを制作するITベンチャーが次々に誕生した11年頃の米シリコンバレーでその言葉が使われ始めたのが由来となっている。それ以前から積み木遊びを幼児の能力向上に活用するなど、ゲームや遊びの楽しさによって人の行動変容を促し、様々な社会的課題を解決する取り組みが行われるなど古い歴史がある。
ITの技術革新はモノとモノがインターネットでつながるIoT技術に進化し、バイタルデータも含め、人の日常生活を取り巻く様々なものがリアルタイムにデータ化、スコア化されるようになった。このスコア化により、点数の取得をめぐって競争したり、人と人が協力してノルマを達成する「ゲーム」が成立し、医療データを扱う製薬産業とゲーミフィケーションの親和性に寄与している。
ゲーム会社もヘルスケア関連市場に攻勢をかけている。ゲーム会社のバンダイナムコエンターテインメントが脳機能の専門家で東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授の監修のもとで、「脳トレ」シリーズを開発。ゲームになじみのない高齢者でも、脳トレを通じて家族間のコミュニケーションが促進される事例が多く報告されたという。
また、世界的に流行しているゲームアプリ「ポケモンGO」では、実際に外出して、様々な場所を移動しながらスマートフォン内の位置情報を活用してポケモンを捕まえるというゲームの性質から、身体を動かす習慣があまりなかったユーザーも、ポケモンを捕まえるために歩くという行動変容につながった。
ヘルスケア領域で利用されるためには、健康増進のエビデンスづくりが重要になるが、国土交通省のデータによると、歩行の健康増進効果は1歩当たり医療費抑制効果を0.0065~0.072円と算出している。
ポケモンGOの全世界のユーザーがこれまで歩いた距離は約230億kmとしており、約2兆円の医療費抑制効果がゲームによってもたらしたと価値を説明する。ゲーム会社がヘルスケア分野でエビデンス構築に挑む中、医療分野で深い経験がある製薬企業が協力するという新たな図式が生まれてきた。
■ゲーム会社、大学などと連携‐重点領域の強化にも活用
安価な開発コスト、副作用がなく使える、サービス提供者と利用者が常時接続できる、データを蓄積できるなど製薬企業にとってもメリットも大きい。ゲーミフィケーションの取り組みが最も進んでいるのがアステラス製薬だ。バンダイナムコと継続的な運動を支援するスマートフォン等のアプリケーションに関する共同開発契約を締結した。2社のノウハウを融合させ、運動支援アプリの開発を目指す。
アステラスは、医療用医薬品(Rx)事業で培った強みを異分野の技術と知見を融合した新たなヘルスケアソリューション(Rxプラス)の創出を狙っているが、ゲーミフィケーションに注目。生活習慣病の発症や重症化の予防策として継続的な運動が求められているが、エビデンスとして確立された運動プログラムがない中、ゲーム性を取り入れた運動支援アプリの開発を通じて、生活者が楽しみながら運動を続けられるようにした。
さらにアステラスは、東京芸術大学、横浜市立大学とも提携し、ゲーミフィケーションを取り入れたヘルスケアソリューションの実用化を目指す3社間の研究開発の枠組み「ヘルスモックラボ」を発足。アステラスがビジネスの視点、東京芸大がゲーミフィケーションの視点、横浜市立大学が医学的な視点で疾患領域を問わずにアイデアを提案し、実用化を検討する。
小児の注意欠陥/多動性障害(ADHD)や自閉症スペクトラム症(ASD)治療にゲームを導入する動きも見られている。塩野義製薬は、デジタル治療用アプリの開発を手がける米アキノ・インタラクティブから、小児ADHD向けの「AKL-T01」、ASD向けの「AKL-T02」という二つのデジタル治療アプリの日本・台湾における独占的開発・販売権を獲得した。
塩野義は、精神・神経領域を重点領域に位置づけており、ADHD治療薬「インチュニブ錠」を販売している。ゲーミフィケーションを取り入れて治療選択肢の拡大を図り、重点領域をさらに強化していく戦略だ。
国内最大手の武田薬品は、メタボリック症候群(メタボ)の改善に向けた予防医療ビジネスの実装を検討している。国内研究拠点「湘南ヘルスイノベーションパーク」を拠点に新規ビジネスを模索するコンソーシアム「湘南会議」を設立。その第1期のプロジェクトとして、メタボ改善のための新規事業を広告代理店大手「電通」や保険会社のアフラック生命保険など参画企業8社と検討している。
具体的には、40歳のメタボ未病男性の行動変容を促し、生活習慣病を予防するプログラムを持続させるためのソリューションについて議論している。構想段階ではあるが、利用者が健康増進型保険に加入し、提供されるプログラムを実施することで、健康の改善に応じて、ゲームやエンターテインメント、アイドル等に関する特典が得られるイメージを想定しているという。
■VR動画を啓発活動に利用
一方、ゲーミフィケーションを啓発活動に活用したのが後発品メーカーの沢井製薬。勇者になって工場を見学するロールプレイングゲーム風VR動画「ジェネリッQ―工場で6つの秘密を探せ」をインターネット上に公開。同動画は、VR技術を用いて疑似的に工場を見学できる内容となっており、閲覧者が同社の公式キャラクター「ジェネちゃん」と共に工場内の六つの秘密を解き明かすストーリーとなっている。
社会的には認知度が低い医薬品製造プロセスを啓発していく。製薬になじみのない人にも親しんでもらうために体験型VR動画という発想につながった。広告代理店やVR制作会社と打ち合わせを重ね、約1年の制作期間をかけて完成させた。制作会社のスタッフが工場に足を運び3次元カメラの撮影を実現させた。
日本製薬工業協会医薬産業政策研究所がまとめた研究成果によると、全世界で実施されたビデオゲームの臨床試験は12年以降に年平均約22%の伸びを示し、18年には50件超が登録され、現在までに進行中を含め271件が実施されていた。国・地域では米国が最多で豪州、ブラジル、オランダ、カナダ、英国と続き、ブラジルとインド、イランがここ5年で臨床試験登録数が増加している。日本では4件が確認されているが、海外に比べると少ないのが現状である。
デジタル治療でゲーミフィケーションが取り入れられた製品は主にリハビリ領域が先行している。まだ製薬企業の取り組みはアイデア段階であり、製薬企業の事業課題や医療上の課題を解決できるかは、今後成功事例を創出できるかにかかっていると言える。
出典:薬事日報
薬+読 編集部からのコメント
一つの新薬創出に約26憶ドル(約2,833億1,699円)がかかってしまい、さらに新薬開発成功率が低下するなど厳しい事業環境におかれる製薬会社が今、新規事業として着目しているのがゲームでヒトの行動変容を促す「ゲーミフィケーション(ゲーム以外の文脈にゲームの要素を展開する意)」を取り入れたヘルスケアソリューションの開発です。現在、ゲーミフィケーションが取り入れられた製品は主にリハビリ領域が先行していますが、今後の成功事例によっては製薬企業のアイデアが世界を一変させる可能性が秘められています。すでにアステラス製薬では、東京芸芸術大学、横浜市立大学と提携し、実用化を目指す枠組みとして「ヘルスモックラボ」を発足しています。