”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 更新日:2024.01.17公開日:2020.09.08 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

第60回 気力体力を回復させる“飲む点滴”生脈散

毎年、蒸し暑くなってくると、夏バテや熱中症が心配されます。こんな時季に大活躍する、“飲む点滴”と呼ばれる漢方薬があります。その名も、「生脈散(しょうみゃくさん)」。夏バテの予防効果を期待してたいていの漢方薬局のスタッフがほぼ毎日欠かさずに飲んでいます。

今回はそんな「生脈散」の特徴と効果について解説します。

目次

1.大汗でグッタリするのは「気」も失われるから

「たくさん汗をかいた後に、グッタリしてしまったという経験はありませんか? 適度な発汗は必要ですが、だらだらと汗をかき過ぎるのは問題です。

汗をかくと、「津液(=身体の潤い・体液、陰に属す)」を失うと同時に、「(=エネルギー・パワー、陽に属す)」も失います。どっと疲れた感じがするのはそのためです。陰と気の両方が不足した状態を「気陰両虚(きいんりょうきょ)」と言います。

気虚+陰虚=気陰両虚

・気虚(気の不足)の症候
心身ともにパワー不足(疲れやすい、疲労倦怠、無気力)、呼吸微弱、すこし動くと汗をかく(自汗)、話すのがおっくう、活動時に諸症状が悪化するなど。舌の色が淡白(舌淡)、脈虚(無力)…など。

・陰虚(津液の不足)の症候
口や咽喉が乾燥する、身体が痩せる、不眠、寝汗(盗汗)、手のひら・足の裏・胸中に熱感があり心煩を伴う(五心煩熱)、午後あるいは夜になると熱くなる(潮熱)、微熱、頬骨の辺りが赤くなる、舌が赤い(舌紅)、舌苔がごく少ない(少苔)、脈細数…など。

生まれつき・慢性的な疾患や症状・高齢により「気陰両虚」の体質であるケースもあれば、大量の発汗・嘔吐・下痢・出血・排尿過多などによって、一時的に「気陰両虚」になるケースもあります。

また、そこまで大袈裟でなくとも、軽い「気陰両虚」になることも、日常生活の中でしばしばあります。例えば、暑くて汗をかいたときや、スポーツ・アウトドアなどで汗をかいたときは、一時的な気陰両虚になりやすく、そういった際に気陰を取り戻しスタミナアップするのに生脈散は最適です。

2.夏が苦手な人必見、生脈散を構成する3つの生薬

中医学では「汗は心の液」といい、夏は「心(しん)」に負担のかかりやすい時季と考えます(詳しくは第27回「五行学説の中医学への応用(1)五行と五臓の関係」をご参照ください)。

「生脈散」は汗をかきやすい人や発汗過多からくる全身倦怠感や軽い脱水傾向のある人、心肺機能が弱っている人、また夏バテ、のどの渇き、息切れ、ほてり、のぼせ、エアコンや冷たい飲食による夏の冷え性などに悩むような“夏が苦手”な人にオススメの漢方薬です。

     
人参・麦門冬・五味子のたった3味から成る漢方薬で、それぞれの作用である補気・養陰・斂汗(れんかん:汗を止める)を高め合います。そのシンプルな処方内容ゆえ、効果は非常にシャープであり、薬味数が増えることをそれほど気にしないで済むため、さまざまな漢方薬と組み合わせて用いやすいのが特徴です。

<3つの生薬の効能>
・人参(にんじん:朝鮮人参)

消耗した気を補う(=補気薬)。抵抗力を高めスタミナアップ。

・麦門冬(ばくもんどう:ジャノヒゲの根っこ)
消耗した津液を補う(=補陰薬)。全身に潤いを与え、渇きを癒やす。ほてりやのぼせを鎮める。

・五味子(ごみし:チョウセンゴミシの果実)
収れん作用で汗の量を調節し、皮膚から汗と気が漏れ出るのを防ぐ(=収渋薬)。安神作用(あんじんさよう:精神安定作用)。

全体として、「心」と「肺」の機能を高め、「脾胃(消化器系)」にもよい配合です。

3.気力・体力を回復する養生薬として

日本では、疲れたときややる気を出したいとき栄養ドリンクに頼りがちですが、得られるのは一時的な「カラゲンキ」にすぎません。本当の元気は持続的で身体の内側から湧き出るものです。「本当の元気」を得るためには、食事・睡眠・気功などの養生はもちろん、「補気薬」(ほきやく)で助けることができます。

生脈散は身体の隅々まで気と陰(潤い)を補うことから、「心身の疲れ」の予防と治療に対して老若男女問わず服用できます。スタミナアップに頓服したり、気力・体力を回復する養生薬として日々摂取したりするのもよいでしょう。また、精神的にも肉体的にもパワー不足な気虚体質で、朝起きられない、目覚めが悪い、午前中はボーっとしがちといった人に対しても、生脈散は応用できます。

日本では、方剤学の生脈散(後述)をもとに、配合比率を若干変えたエキス顆粒剤が販売されています。そのまま服用してもいいし、水に溶かしてお茶のように少しずつ飲むのもいいでしょう。栄養ドリンクに頼りがちな方は試してみてください。

私の場合は炎天下の長時間外出は極力避けていますが、どうしても出かけなければならないときは、生脈散のエキス顆粒剤を服用します。外出前と外出後に2包ずつ服用すると、スタミナ切れしません(1日の服用量をオーバーしていますのでマネなさらずに。私には合っている量です)。汗だくでグッタリしていても、私の場合は服用して15分くらいで回復してきて、その後も元気に動き続けられます。

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4.夏場にも多い心筋梗塞・脳梗塞

狭心症や心筋梗塞は冬に多いイメージですが、夏も決して油断できません。大量の発汗で「気」を消耗しすぎると、心臓のポンプ機能を弱まるため、脈拍が弱い・動悸・息切れ・不整脈などの症状があらわれやすくなります。

また、発汗によって潤いを失って粘り気が増した血液は、よどみやすく、やがて血栓ができ、これがもし心臓に詰まれば心筋梗塞、脳に詰まれば脳梗塞になります。働き盛りの世代も、仕事中に急に倒れるということが少なくありません。

夏の高温多湿な環境や台風などの気圧の変化も心臓に負荷をかけます。どんなに室内の温度・湿度を管理しても、人間は自然界の影響を受けるものです。

日頃から血流が心配な方は、「生脈散」で血液に潤いを与えながら、「冠心Ⅱ号方(かんしんにごうほう)」でサラサラにして流れるようにするといいでしょう。「冠心Ⅱ号方」の主薬である「丹参(たんじん)」には、血管拡張、血液粘度低下、動脈硬化の予防・改善、抗酸化、精神安定などの薬理作用があると言われています。「冠心Ⅱ号方」は、血液をサラサラにして血流を改善しながら、血管壁を若く保つため、血栓の予防と治療に中国で繁用されます。

「冠心Ⅱ号方」は、日本では処方内容がほぼ同じであるエキス顆粒剤(丹参製剤)が様々なメーカーから販売されています。ただし、体質を選ぶ薬ですので、必ず中医学の専門家に相談してからお試しください

5.中国の病院では起死回生の点滴薬としても

生脈散は「脈を生ずる」「脈を生き生きさせる」「弱くなった脈を回復する」という効能から、その名がついたそうです。中国では、一年を通してさまざまな状態に臨床応用され、煎じ薬やエキス顆粒剤などの内服薬のほか、点滴注射剤としても使われており即効性が期待できます。

中国の病院では、熱中症や夏バテに生脈散の点滴を用いたり、救命救急において「起死回生」の点滴薬としても使われたりもします。心臓や肺が弱まって脈が今にも消えそうになったときに脈を復活させる作用を期待して用いられます。「飲む点滴」と言われる所以がここにあるのですね。

さらに救急では激しい嘔吐や下痢、大量発汗などの脱水、大量出血によるショック状態に対して強心剤として用います。慢性的な疾患・症状では、心臓病(不整脈・狭心症など)、喘息などで心・肺機能が弱っている方、消耗性疾患・糖尿病・ドライシンドローム・多汗症・カゼをひきやすい人の体質改善・胃腸虚弱・メンタル系疾患、病中病後の体力低下や消耗状態の改善、お年寄りの養生薬としてなど(注意:上記した病名であれば、生脈散が効くというわけではありません。「気陰両虚証」であれば、上記した疾患・症状に用いることができる、というだけです)。

特別大きな疾患名がなくとも、「気陰両虚」が存在する様々な状態に用いられています。

6.生脈散の効能・効果

生脈散は約800年の歴史ある処方で、「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」を作った李東垣(りとうえん)先生が作った処方です。中医学の書籍を紐解くと、生脈散の効能は次のように表現されています。

生脈散(しょうみゃくさん)(別名:生脈飲)≪内外傷辨惑論≫

【組成】
人参10g 麦門冬15g 五味子6g 
※『方剤学』(上海科学技術出版社)より引用
水煎服
【効能】
益気止汗・滋陰生津
【適応症】
(1)気津両傷・気陰両傷のショック:無欲状態・全身の倦怠無力感・息ぎれ・呼吸促迫・めまい・口渇など。舌質は紅で乾燥・脈は微細。
 暑熱の環境での発汗過多や慢性病の経過にみられる。
(2)肺気陰両虚:慢性に持続する乾咳・無痰あるいは少量の粘痰・痰に血が混じる・口や咽の乾燥感や刺激感・微熱・体の熱感などの肺陰虚の症候と、息切れ・全身倦怠感・自汗などの肺気虚の症候がみられるもの。舌質は紅で乾燥・舌苔は少・脈は虚。
【処方解説】
本方は、「気陰両虚」の基本処方である。
補気の人参と滋陰の麦門冬を主とし、生津止汗の五味子を配合している。
「気津両傷(きしんりょうしょう)」とは、暑熱の環境での発汗過多・はげしい嘔吐や下痢・大出血・大手術の後でみられる脱水とこれにともなう機能低下のことである。熱病が続き、炎症性の細胞崩壊・発汗・食物摂取不足のために脱水・栄養状態の悪化・機能不全を呈した状態は「気陰両傷(きいんりょうしょう)」と呼ばれる。
「肺気陰両虚」とは、(~中略)
以上の総合作用により、気津両傷・気陰両傷のショック状態を改善する。(中略~)
【臨床応用】
日射病・熱射病・出血・はげしい嘔吐や下痢・手術侵襲・熱傷などの脱水をともなうショック・あるいは熱病の回復期・手術後・慢性疾患などで、気津両傷・気陰両傷のみられるもの。
【使用上の注意】
本方は益気生津・止汗を目的とするので、炎症症状がつよい場合や気津両傷があきらかでない場合は適さない。
 

※【効能】~【使用上の注意】は『中医処方解説』(医歯薬出版株式会社)より引用

7.生脈散を用いた症例

私の薬局へいらっしゃった患者さんの、生脈散を用いた例を2つ紹介します。

【症例1】疲労感とのぼせ・動悸

【患者さん】
55歳 女性 50kg 157cm

【症状】
「決まった時間(正午)になると、首から上が真っ赤になって、のぼせて動悸がしてしまいます。更年期障害と不整脈はほぼ治まったと思っていたのに……」ということで来局されました。
お昼以降(午後~夜にかけて)のぼせと動悸を感じるようになったのはカンボジア旅行に行ってからで、旅行中は猛暑で毎日汗だくだったとのこと。消耗している様子が見え、ぐったりした疲れもあります。また、この患者さんは冷たい飲食を好んで、水分をよく摂る方でした。舌診では舌紅、苔少(やや黄薄苔)、裂紋多など。

【病歴】
五十肩・軽い不整脈(病院での服用薬なし)

【考察】
もともとの体質が肝と腎の陰虚(肝腎陰虚)のある方。さらに連日の発汗で気陰を損傷したため、陰虚が進んで潮熱(決まった時刻に熱くなる)と動悸が現れたと考えました。

【処方】
生脈散を処方。通常量で4~5日服用して少しマシな程度→自己判断で6包/日にされて2〜3日で治まりました。

【経過】
疲れと潮熱・動悸はひきましたが、陰虚体質が根底にあります。体質改善のために、補腎薬と併せて続けています。


【症例2】大量発汗後の疲労と便秘

【患者さん】
76歳 男性 75kg 171cm

【症状】
疲労と便秘で来局されました。症状が出たタイミングは、「暑い日(2日前)に、長距離を自転車で走り大汗をかいて、ものすごくグッタリした」とのこと。来局時もまだ疲れている様子です。便はコロコロと硬く乾燥したものが少し。下剤は服用していらっしゃいませんでした。今までは便秘も下痢もなく毎日出ていたそうです。ふだんからのどが渇きやすく水分をよく摂り、疲れると空咳がでる方で、しょっちゅう風邪をひくわけではありませんが、ひくとしたらノドからカゼをひくタイプ。舌診では舌暗紅、地図状苔、裂紋多

【病歴】
高血圧 降圧剤服用して135/78。

【考察】
もともと、肺の気陰両虚がある方が、暑熱下の発汗過多により急激に気陰両虚が深まったため、腸壁の潤いもなくなり大便秘結となった、と考えられます。

【処方】
もともと、便秘ではないため、下剤は一切入れませんと説明したうえで、生脈散を1週間服用してもらいました。

【経過】
1回服用して疲労感がとれ、服用して1日半で便が出るようになり、1週間服用して便秘はもうすっかり治ったとのこと。体質的に気陰両虚があるため、便秘が治って後も飲み続けたいとのことです。

生脈散を含め、紹介した漢方薬は体質を選びます。気陰両虚証があって生脈散が体質に合っていても、他の証があれば他の漢方と組み合わせた方がいいケースも多々あります。必ず、中医学の専門家に相談した上で服用ください。

参考文献:
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・内山恵子(著)『中医診断学ノート』東洋学術出版社 1996年
・阿部 博幸 (著), 路 京華 (著)『脳と心臓の血管は丹参で蘇る』リヨン社

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/