知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第72回 気持ちを落ち着かせ、美肌をつくる「真珠(しんじゅ)」の生薬
日本では宝飾品のイメージがある真珠ですが、中医学ではなんと「薬」としても用いられます。宝飾品と捉えるとちょっともったいない気もしますが、真珠はなかなか頼りがいのある効能をもっている生薬です。今回は、「真珠=珍珠(ちんじゅ)」の中医学的な効能について紹介します。
目次
1.真珠=珍珠とは?
「真珠=珍珠(ちんじゅ)」は粉末状にして使われます。画像のように真っ白な粉末で、味はほぼありません。ほんの少し、海の香りがすることもあります。
シンジュ末。中医学における真珠は粉末状のものが用いられる。(画像は執筆者提供)
中国・台湾の家庭や医療では、珍珠はメンタル・フィジカル両方のトラブルに使われます。さらに、原末であれば塗る(外)・飲む(内)の両方に使えるのが良い点です。眼や口、のどの粘膜にも使えます。
また、肌に非常によいと言われているため、中国や台湾だけでなく、日本においても、高級美容液やクリームあるいは健康食品(ゼリーなど)に配合されていたりします。
2.メンタルのトラブルに(不安感や不眠)
珍珠を用いるメンタルのトラブルとしては、まず、「心肝火旺(しんかんかおう)」があげられます。ストレスがたまると気の巡りが滞ります。気は身体を温めるエネルギーですから、滞ってかたまれば熱邪となります。
「心火(しんか)」とか「肝火(かんか)」は、かんたんに言えば「メンタルの熱」のようなものです。イライラしたり怒ったり、イライラした出来事を思い出したりすると、頭がカーッと熱くなりますよね。メンタルの熱とはそんなイメージです。脳が興奮状態に陥って、頭が冴えて眠れないなどの状態も含まれることもあります。
心と肝にこもった熱邪(=心火・肝火)が心身をかき乱すせいで、動悸・驚きやすい・痙攣・不眠などの症状があらわれます。
珍珠は、中薬学の教科書で「平肝熄風薬(へいかんそくふうやく)」や「重鎮安神薬(じゅうちんあんじんやく・あんしんやく)」に分類されており、平たく言うと、精神安定作用があり、気持ちを落ち着かせてくれます(鎮心定驚・安神作用)。
字面からなんとなくイメージしてみて頂きたいのですが、珍珠は肝火や心火が上がってくるのを、鉱物系の生薬の「“重み”で抑えてくれる作用」があります(→昇降浮沈)。
他方で珍珠は心・肝に帰経し寒性なので、心火や肝火を冷ましてくれることもします。また、性味が甘鹹・寒なので、熱を冷ますと同時に潤いも補います(=滋陰)。こうした特性は、潤い(=陰)が不足し、かつ、熱(=陽)が旺盛である「陰虚陽盛(いんきょ・ようせい)」に最も適します。
津液(潤い、液体、陰)を生みだす組み合わせとして、下記の3つがあり、珍珠は「甘寒生津」と「鹹寒生津」にあたります。
不眠に対しては、効く人・効かない人がいる
不眠に対しては、寝る10~20分前くらいに珍珠を服用します。とても効く人とちっともピンとこない人がいます。また、熱邪が強くこもっている人は冷めにくいので、珍珠とほかの方剤と組み合わせて使用します。ちなみに私はの場合は、ちょっと寝つきが悪い時は珍珠末を服用します(他にもいろいろな漢方薬を服用しており、珍珠末は追加服用のイメージです)。
あまりに早く飲むと寝る準備からウトウトしてしまうので、準備を終えてふとんに入ってから珍珠末を口にふくみ唾液で溶かしていきます。そうすると口内の粘膜にも珍珠末が触れ、歯茎の炎症や口内炎なども改善されていきます。あくまでも個人的な例ですので、あまり参考になさらないでください。
3.フィジカルのトラブルに(眼病、皮膚のただれなど)
珍珠は「肝熱(かんねつ=肝火)」による眼の充血、痛み、異物感、かすみ、翼状片など、さまざまな眼病にも用いられます。中国や台湾には珍珠配合の目薬があり、点眼すると目がスッキリします。
また、皮膚のただれ・化膿・なかなか傷口の皮膚がくっつかない状態にもよく用いられます。これも皮膚の状態にもよりますが、皮膚病の漢方薬をしっかり内服しつつ、外用で珍珠末を塗ると治りが早まります。
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4.美肌目的での使い方
珍珠は病的な皮膚の状態にも用いられることもあれば、健康な肌に対して美肌目的で用いられることもあります。真珠配合の高級美容液やクリームなどの既製品もありますし、手持ちのクリームに珍珠末を加えて高級美容クリームを自作することもできます(雑菌の混入・既製品と珍珠末との相性などの心配がありますので、あくまでも自己責任でお願いします)。
ちなみに、私は夜寝る前に、自作の珍珠末入りのクリームを塗ったり、珍珠末を肌に直塗りしたりしています。薬局で一日過ごす日の朝は、洗顔後に美容液、100%天然由来原料のカラーコントロール(兼日焼け止め)、フェイスパウダーの代わりに珍珠末100%、ポイントメイクの順番でメイクします。
それぞれの詳しい使い方にご興味のある方は、中医学の専門家に必ずご相談ください。
5.珍珠の効能
ここでは中薬学書籍で紹介されている珍珠の効能を見ていきましょう。珍珠は中薬学では「平肝熄風薬(へいかんそくふうやく)」に分類されています(「重鎮安神薬(じゅうちんあんじんやく・じゅうちんあんしんやく)」に分類されている文献もあり)。
効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味から効能のイメージを掴むのに役立ちます。
珍珠(ちんじゅ)
【処方用名】
珍珠・真珠・濂珠・珍珠粉・真珠粉・濂珠粉。
【基原】
海水産あるいは淡水産の真珠。真珠は各種二枚貝の外套膜組織中に病的に形成されるもので、海水産ではウグイスガイ科Pteriidaeのアコヤガイ Pinctada martensii DUNKER、淡水産ではイシガイ科Unionidaeのシナカラスガイ Cristaria plicata LEACH などが代表的である。
【出典】
開宝本草
【性味】
甘・鹹、寒
【帰経】
心・肝
【効能】
鎮心定驚(ちんしんていきょう)、清肝除翳(せいかんじょえい)、収斂生肌(しゅうれんせいき)
【応用】
1.動悸、癲癇(てん・かん)、驚風(きょうふう)などの証に用いる。珍珠には鎮心定驚(ちんしんていきょう)の効能があるため、上述の証には良い効果がある。
例えば、≪肘後方≫によると、珍珠と蜂蜜を一緒に服用すると、心神不安をかねる驚恐証等を治療すると述べられている。
朱砂(しゅさ・しゅしゃ)、琥珀(こはく)、天南星(てんなんせい・てんなんしょう)などを配合した金箔鎮心丸(きんぱくちんしんがん)は、動悸、癲癇などに用い、朱砂を配合した鎮驚丸(ちんきょうがん)は急性の驚風に用いられる。
2.目赤腫痛(もくせきしゅつう:目の充血や痛み)、翳障胬肉(翳障:霧がかかったように目がかすむ症状、胬肉:翼状片。結膜(白目)が異常増殖して、角膜(黒目)にかぶさるようになってしまう病気)などの眼病に用いられる。
珍珠には、清肝除翳(せいかんじょえい)の効能がある。
眼病を治療するため、内服にも用いられるが、多くは目薬に入れて外用で用いられる。
例えば、琥珀(こはく)、冰片(ひょうへん)などを配合した七宝膏などがある。
3.珍珠は収斂生肌(しゅるえんせいき)の効能が著しく、皮膚の潰瘍、ただれ、創面が長く癒合しない、などの証に用いられる。
炉甘石、血竭(けっけつ)、象皮などと配合した珍珠散(ちんじゅさん)は潰瘍が久しくふさがらない状態に用い、牛黄(ごおう)を配合した珠黄散(じゅおうさん)は咽喉・歯齦の腫痛・ただれ・腐蝕に用いる。
【用量・用法】
0.3-1g。丸薬・散薬として用いる。外用は適量
【使用上の注意】
(1)粉末にして用いる。
(2)妊婦には使用しない。
※【処方用名】【基原】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より引用/【性味】【帰経】【効能】【応用】は『中医学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの/【用量・用法】【使用上の注意】は『中医臨床のための中薬学』(医歯薬出版株式会社)より抜粋
真珠の貝殻(真珠の母貝の真珠層)を「珍珠母・真珠母(ちんじゅも・しんじゅも)」といい、こちらも似たような効能を持ち、漢方薬として使われます。
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6.珍珠はどこで手に入る?
日本では口に入れる製品は食品扱いです。ネットショップ等で、純度100%の珍珠原末タイプのほか、珍珠を成分のひとつとして含んだ健康食品(カプセル・ソフトカプセル・ゼリーなど)を入手できます。
純度100%の珍珠原末タイプは日本の老舗の生薬問屋さんが販売しているもののほか、中国や台湾からの輸入品も見かけます。珍珠原末は100%珍珠なので高価ではありますが、比較的少量ずつの使用で済みますから、珍珠含有の健康食品よりも結果的にコスパが良いように思います。なんといっても、原末は塗る(外)・飲む(内)の両方に使えて便利です。
中国や台湾の珍珠末は高品質のものもありますが、他の粉末が混入されているものも中にはあります。良し悪しを見抜くのが難しいと感じる方は、日本の生薬問屋さんが取り扱っている珍珠末をおすすめします。
色々な使い方を紹介しましたが、ご興味のある方は、中医学の専門家に必ずご相談の上、ご使用ください。
参考文献:
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・小金井信宏『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年