西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!
第10回 陰陽学説の人体への応用(1)陰陽対立・制約
「陰陽学説」と、今後お話しする「五行学説(ごぎょうがくせつ)」とを合わせて、「陰陽五行説(いんようごぎょうがくせつ)」と呼びます。これらは、混沌とした世界(=自然界)を系統立てて理解するために生まれた古代の中国哲学です。
古人は中国哲学を医学にも利用しました。自然界を「大宇宙(だいうちゅう)」とすると、人間の身体は「小宇宙(しょううちゅう)」にあたります。人間は「大宇宙の中の小宇宙」であるから、人間の身体もまた自然界の法則に従う存在である、と古人は考えました。これは、以前お話しした「整体観(せいたいかん)」につながりますよね。
実際に季節の移り変わりにはじまって、更年期障害のホットフラッシュの原因や女性の月経周期まで、あらゆることが陰陽学説・五行学説で説明できるから不思議です。
人体の生理・病理についても陰と陽で区別することができます。下の表でその主だったものを示しました。「陽証」「陰証」の「証」とは体質・病の本質のことで、「第3回 日本漢方と中医学で異なる「虚実」の考え方」に出てきたものです。
陽証 | 陰証 |
---|---|
暑がり、体温が高い傾向 | 寒がり(冷え性)、体温が低い傾向 |
基礎代謝が高め | 基礎代謝が低め |
発汗が多め | 発汗が少なめ |
交感神経がはたらく | 副交感神経がはたらく |
胃の運動が活発 | 胃の運動が不活発 |
血圧が高い傾向 | 血圧が低い傾向 |
顔面紅潮 | 顔面蒼白 |
冷たい飲食を好む | 温かい飲食を好む |
小便が黄色 | 小便にあまり色がない |
便秘傾向 | 下痢傾向 |
舌が乾燥、口渇あり | 舌が湿潤、口渇なし |
こうしてみていくと、陽証では代謝や生理機能の亢進がみられ、逆に陰証では低下がみられるのが分かるでしょう。臨床でも患者さんの体質をおおまかにつかむのに役立ちます。
では、陰陽学説の内容について学んでいきましょう。陰陽の関係は大きく分けて4つの性質があり、自然界のこと・人体の生理と病理・広い意味での生き方(養生法や考え方)……など、あらゆることに応用できます。
1.陰陽対立・制約(いんようたいりつ・せいやく)
「第9回 中医学の根幹をなす思想~陰陽学説とは~」でお話ししたように、事物や現象はすべて対立した陰と陽の二面をもちます。
自然界のあらゆる事物は陰と陽に分類でき、また、それぞれの内部もさらに陰と陽に分類できます。このように事物を陰陽に無限に分割できることを、「陰陽可分(いんようかぶん)」といいます。
一日の陰陽を例に考えてみましょう。下のイラストを見てください。昼は陽、夜は陰ですが、そのなかでも最も明るい午前中は“陽中の陽”であり、徐々に暗くなる午後は“陽中の陰”になります。日没から真夜中までは“陰中の陰”になり、真夜中から夜明けまでは“陰中の陽”になります。
太極図の中の白地にある黒点は“陽中の陰”、黒地にある白点は“陰中の陽”を表します。これを中医学では、「陰中に陽あり。陽中に陰あり(いんちゅうにようあり。ようちゅうにいんあり)」といいます。
また陰と陽は互いに制約しあうことで、片方が行き過ぎないようにバランスをとっています。この陰と陽が対立・制約しながら調和した状態を「陰平陽秘(いんへいようひ)」といいます。
陰と陽が平衡してはじめて自然界の秩序・人の健康状態は保たれます。どちらか一方が勝り、どちらか一方が負けて陰陽のバランスが崩れると、自然界の秩序は乱れ、人は病気になってしまいます。
次回は陰陽の関係を示す2つめと3つめの性質、「陰陽互根(いんようごこん)」「陰陽消長(いんようしょうちょう)」について解説します。