薬剤師の早わかり法律講座 公開日:2016.08.03 薬剤師の早わかり法律講座

法律とは切っても切れない薬剤師の仕事。自信を持って働くためにも、仕事に関わる基本的な知識は身につけておきたいですね。薬剤師であり、現在は弁護士として活躍中の赤羽根秀宜先生が、法律についてわかりやすく解説するコラムです。

第7回 医師の「そのまま出しておいて」で健康被害が発生したら?

薬剤師は、処方せんに疑義があれば医師に対し疑義照会を行います。たとえば、常用量を大幅に超えていて健康被害が起こりそうなときなどがそれにあたります。しかし、医師に電話などをかけて疑義照会をしても、説明もなく「そのまま出しておいて」と言われてしまうようなことがあるようです。
このような状況で薬剤師がそのまま調剤し、患者さんに健康被害が起こってしまったら、調剤をした薬剤師にも法的責任が問われるのでしょうか。

薬剤師法第24条とそれに関わる裁判例

結論からお話しすると、処方せんに疑義があるにも関わらず疑義照会せずにそのまま調剤をした薬剤師は、患者さんに対して損害賠償責任を負う可能性があります。また刑事責任、行政責任を負う可能性も否定できません。
ご存じのとおり、薬剤師には「疑義照会義務」があるからです。

薬剤師法
(処方せん中の疑義)
第二十四条  薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによつて調剤してはならない。

この疑義照会義務については、東京地方裁判所平成23年2月10日判決(判例タイムズ1344号90頁)で以下のように判示されました。

これは,医薬品の専門家である薬剤師に,医師の処方意図を把握し,疑義がある場合に,医師に照会する義務を負わせたものであると解される。そして,薬剤師の薬学上の知識,技術,経験等の専門性からすれば,かかる疑義照会義務は,薬剤の名称,薬剤の分量,用法・用量等について,網羅的に記載され,特定されているかといった形式的な点のみならず,その用法・用量が適正か否か,相互作用の確認等の実質的な内容にも及ぶものであり,原則として,これら処方せんの内容についても確認し,疑義がある場合には,処方せんを交付した医師等に問い合わせて照会する注意義務を含むものというべきである。

ちょっと難しい書き方ですね。要するに薬剤師は、処方せんの疑わしい点を実質的な面も含めて薬学的な視点から確認し、疑わしい点があれば医師に対して疑義照会を行わなければならない、ということです。
この疑義照会に対して、医師が適切に対応してくれればいいのですが、忙しいからなのか、疑義の内容がきちんと伝わっていないからなのか、問い合わせにちゃんと応じてもらえない場合があるようです。

形式上の疑義照会でも義務は果たしたことになる?

疑義照会を行っても医師から納得できる回答が得られなかった場合。薬剤師の疑義は解消されないわけですが、この薬剤師は形式的には疑義照会を行っています。このような状況で処方せんの通りに調剤し、患者さんに健康被害が起こった場合も、薬剤師が責任を負わなくてはならないのでしょうか。

答えは「YES」。
たとえ医師の対応が悪くても、薬剤師にも責任は発生する可能性があります。

薬剤師の疑義照会義務は「医師等の処方の過誤を正し、医薬品使用の適正を確保し、過誤による生命、健康上の被害の発生を未然に防止するためにある」と考えられます。健康被害が起こる可能性があるにもかかわらず、疑義が解消できないまま調剤をしてしまえば、疑義照会義務を定めた趣旨が達成されません。

疑義照会は形式的に医師に確認をするだけでは意味がありません。薬剤師の薬学的疑義が解消されて、はじめて「義務を果たした」と解釈されるのです。

次回はこの「疑義照会義務」について、もう少し踏み込んで考えてみましょう。

赤羽根 秀宜(あかばね ひでのり)

昭和50年生。中外合同法律事務所所属。
薬剤師の勤務経験がある弁護士として、薬局や地域薬剤師会の顧問を務め、調剤過誤・個人情報保護等医療にかかる問題を多く取り扱う。業界誌等での執筆や講演多数。

赤羽根 秀宜(あかばね ひでのり)

昭和50年生。中外合同法律事務所所属。
薬剤師の勤務経験がある弁護士として、薬局や地域薬剤師会の顧問を務め、調剤過誤・個人情報保護等医療にかかる問題を多く取り扱う。業界誌等での執筆や講演多数。