映画・ドラマ
「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。
vol.13「アリスのままで」(2014年・アメリカ)
50歳のアリスは、まさに人生の充実期を迎えていた。高名な言語学者として敬われ、ニューヨークのコロンビア大学の教授として、学生たちから絶大な人気を集めていた。夫のジョンは変わらぬ愛情にあふれ、幸せな結婚をした長女のアナと医学院生の長男のトムにも何の不満もなかった。唯一の心配は、ロサンゼルスで女優を目指す次女のリディアだけだ。ところが、そんなアリスにまさかの運命が降りかかる。物忘れが頻繁に起こるようになって診察を受けた結果、若年性アルツハイマー病だと宣告されたのだ。その日からアリスの避けられない運命との闘いが始まる―。
避けられない運命との葛藤と、家族の絆を描いた感動の物語。
―若年性アルツハイマー病の言語学者の人生と愛の物語―
若年性アルツハイマー病を扱った本作品の原作は、神経科学(医師ではない)の専門家であるリサ・ジェノヴァが2007年に書いた小説です。実話ではありませんが、専門家だけあって、細部まで非常にリアルに書かれています。映画はそのエッセンスをくみ取ったような、シンプルな作品で、50歳で認知症を発症する主人公の女性を、名女優のジュリアン・ムーアが迫真の演技で演じ、アカデミー賞の主演女優賞を受賞しています。
主人公は気鋭の言語学者の女性で、医学の研究者である夫と、もう成長した3人の子どもがいます。仕事も順調で子どももほぼ自立し、心配といえば末娘が俳優を目指して大学にも行っていないことだけ。幸せを絵に描いたような恵まれた一家を、若年性アルツハイマー病(しかも遺伝性)という悪夢が襲います。物忘れから始まり、比較的早期に診断をされて、アリセプト(商品名がそのまま登場します)などが処方されますが、病状は進行して、子どもの名前も家のトイレの場所もわからなくなります。
そんな主人公を家族は献身的に支えますが、それぞれの生活もあり、結局家族は離れ離れになっていくのです。ただ、映画は(そして原作も)それをことさら深刻にとらえることはありません。ひとり介護のために母の元に残った、俳優志望の末娘との感動的な交流で、物語を締めくくっています。
まだ病状が進行する前に、主人公は自分が自分でなくなるような事態になったら、自ら命を絶とうと考え、そのための準備をしておきます。使用されているのは睡眠薬のロヒプノール(これも商品名で登場)で、メッセージと共にその瓶が隠されているのですが、果たして認知症が進行した彼女は、どのようにそのメッセージを受け取るのでしょうか? その経過が極めて印象的でした。
物語はほぼ原作通りですが、細部はかなり省略されていて、理屈より感情に身を任せて観る、というタイプの映画だと思います。そのためちょっとわかりにくいところもあります。一例を挙げれば、主人公の長女が不妊治療で双子を出産するのですが、これは原作では、出生前診断で認知症につながる遺伝子変異がないことを確認してから妊娠を継続しているのです。そこが映画では説明されていないので、若年性アルツハイマーの遺伝子を持っている娘が、それでも子どもを産むに至った経緯がわかりにくくなっています。また原作では、同じ病気の患者との交流なども描かれているのですが、映画はそれも省略しているので、学会でのスピーチが少し唐突に感じられます。
映画の魅力は何と言ってもジュリアン・ムーアの演技で、これは非常にリアルで圧倒的です。特に後半、病状が進行してからの、焦点が定まらないような、それでいて不安に怯えているような表情が見事でした。彼女が人生のいろいろな枝葉を整理していって、最後に「愛」が残るという展開も、シンプルですが感動的です。
若年性アルツハイマーを扱った映画と言うと、日本では渡辺謙が主演した「明日の記憶」があり、こちらも同題の小説が原作となっています。専門家の書いた小説ではありませんが、綿密な取材を元に、細部まで正確に描かれています。映画版も緻密な描写と渡辺謙の演技が話題になりました。両者を比較すると、日米の文化の違いなども感じられて、また興味深いものがあります。見比べてみるのも面白いと思います。認知症が進行すると、本人は不安と恐怖に襲われるのですが、その不安や恐怖の原因は、多分に文化により規定されるものではないかと感じました。
若年性アルツハイマー病はまれで特殊な病態ですが、認知症自体は私たちの多くがいつかは直面する大問題です。映画におけるアリスの病状とそれをケアする家族の姿は、医学的にも正確に描かれていて、薬剤師の皆さんにとっても、認知症という病気を理解する一助になると思います。
あわせて読みたい記事