映画・ドラマ
「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。
vol.27「モーターサイクル・ダイアリーズ」(2004年・イギリス・アメリカ)
1952年。23歳の医学生エルネストは、親友アルベルトとともに中古のおんぼろバイクに乗って南米大陸を縦断する冒険の旅に出る。アルゼンチンからパタゴニアへ、6千メートルのアンデス山脈を抜け、チリの海岸線に沿って進み、アタカミ砂漠を通ってペルーのアマゾン上流から南米大陸の北端へ抜ける……金も、泊まるあてもなく、好奇心のままに1万キロを走破する無鉄砲な計画だった。様々なトラブルを乗り越えながら、エルネストはラテン・アメリカの真の姿に気が付き始めていた――。
後に親しみをこめて“チェ”と呼ばれ、今もなお世界中から愛され続けている伝説の革命家ゲバラの知られざる青春の日々を描いた感動ロードムービー!
―医学生でもあった革命家の若き日の放浪の記録―
今日ご紹介するのは革命家チェ・ゲバラの若き日の南アメリカ縦断の旅を描いた2004年の英・米映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」です。製作総指揮は、名優で映画監督でもあるロバート・レッドフォード。言葉もきちんと現地の言語が使われ、主人公の親友役には、ゲバラの血縁者をキャスティングするなど、徹底してリアリティにこだわった作品です。
チェ・ゲバラは、ゲリラ戦を指揮してキューバ革命を成功に導いたことで有名で、39歳での悲劇的な死を含めて、その生涯自体が神様の描いた物語であるかのような存在です。この映画は、革命家としての行動を描いたものではなく、そうなるずっと前、まだ23歳だったアルゼンチンの医学生時代の話。休学してアルベルロ・グラナードという親友と2人で、おんぼろバイクに2人乗りして南アメリカを縦断した旅の記録のみを描いた作品です。
2人はあまり考えなしに旅を始めるのですが、バイクの調子はすぐに悪くなり、後半は徒歩とヒッチハイク、そして船を使った旅になります。最初は宿や食事を得るために、有名な医者であると身分を偽ることもあった2人ですが、非人間的に扱われる銅山の労働者や、隔離されたハンセン病の患者の姿をみるうちに、自分を偽ることをやめます。そして、社会を変革する存在としての自分の姿を、積極的にイメージするまでに成長してゆくのです。
映画の後半に主題のひとつとなるのが「ハンセン病」です。
ハンセン病は、結核菌と同じ仲間の抗酸菌である「らい菌」の感染症で、皮膚に特徴的な病変を作るために、世界的に古くから忌み嫌われる病気とされ、患者は隔離されることが長く続きました。しかし、科学的な研究が進むにつれ、ハンセン病は簡単に人から人に感染して症状を出す病気ではない、ということが明らかになりました。さらに1940年代に有効な治療薬が開発されて以降は、不治の病でもなくなっています。
映画の舞台は1952年ですが、当時ゲバラたちが訪れたペルーでは、ハンセン病の療養施設は一般の住民とはアマゾン川を隔てた場所に造られ、患者のケアをするスタッフも、実際には必要がないと分かっていながら、慣習として手袋をはめていました。ゲバラは医学生という立場でありながら、手袋を着けることを拒否し、最後には患者とスタッフを結び付けるために、喘息の持病がありながらも、極寒のアマゾン川を1人で渡ります。
ご存じの方も多いかと思いますが、日本では1953年に「らい予防法」が成立して、療養所への隔離が実質的に強制化され、時代に逆行するかのように、ハンセン病患者の差別はむしろ強まることになりました。廃止されたのはなんと1996年のことです。ゲバラの行為は、映画だけを観ていると、少し自意識過剰でやり過ぎにも思えるのですが、日本の状況などを考えると、ことなかれ主義の弊害を打破するには、このくらいの荒療治でないと無理なのかも知れません。
この映画はリアリティを重視していて、ドキュメンタリーのようなタッチで全編が描かれています。実際に1952年の南米を一緒に旅しているように思えるほど、風景や季節の移り変わりが美しく、各場所での住民との交流も自然です。有名なマチュピチュの空中都市が、余すところなく映像でとらえられているのも見どころです。インディオなどの先住民の、厳しい表情も印象に残ります。
チェ・ゲバラの名前は知っていても、彼が医学部を卒業して医師免許を取得した医師で、喘息の持病があったことなどは、知らない人も多いかも知れません。同じ医療従事者が見聞を広める目的の旅行で自分の本分に目覚め、そこから世界に飛翔したかと思うと、薬剤師の皆さんにも身近に感じる部分があるのではないかと思います。
今も夢を追っている冒険家の心を持った人も、かつて夢を追ったことがある人も、刺激をもらえる映画です。傍若無人で、危険で、それでいてたまらなく魅力的な若者の人生を探す旅に、この映画を通して寄り添ってみるのはいかがでしょうか。
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