薬剤師国家試験は薬剤師なら誰もが必ず通った道。毎年、試験の難易度や合格率が話題になりますが、国試は“現役薬剤師”として基本的な知識を再確認するチャンス。橋村先生の解説で、国家試験の過去問を「おさらい」しましょう!
※ヒアリの特徴:体長約2~6ミリ、赤味がかったべっこう色、尻部分の色が濃い。先の尖った針がある。
2003年に蜂毒への適応が承認されたエピペン®。当時は林業関連の人々のみが使用・携帯していたため、自費扱いでした。その後2011年に食物アレルギーへの適応が認可されたことや、2012年の小学生の食物アレルギーによる死亡事故を機に、現在は小児から多くの年代に使われるようになりました。
エピペン®の使用方法に関しては医療機関で充分な手技指導はされているものの、保険薬局においてもその手技は再度確認すべきです。また最近、海外からコンテナに紛れ込んで話題の猛毒を持つヒアリによる被害としても、アナフィラキシーショックが取り上げられています。今回は7月~10月にかけて事故が多発する“蜂によるアレルギー”を例にして、第100回の国家試験から確認しましょう。
【過去問題】
11歳男児。給食後の体育の授業中に、顔面、頸部、躰幹にじん麻疹が突然出現し、意識消失により病院へ搬送された。その後、入院加療により改善し、退院時にアドレナリンの自己注射薬の処方を受けた。
問230(実務)
この患者は、アドレナリンの自己注射薬を初めて携帯することになった。注射薬交付にあたって指導すべき内容に関して適切でないのはどれか。2つ選べ。
- 1必ず本人が自己注射してください。
- 2使用後は、症状が改善しても必ず医療機関で診察を受けてください。
- 3小学生なので、臀部に注射してください。
- 4緊急時には衣服の上から注射しても大丈夫です。
- 5有効期限が切れる前に、医療機関を受診して新しい製品の処方を受けてください。
1、3
解説
- 1:適切でありません。他の自己注射製剤と異なり、使用時は緊急性が生じるため、必ずしも本人による注射でなくてはならないとは限りません。特に問いのように小学生であり、学校内での発現であれば、教職員による注射も可能です。
- 2:適切です。エピネフリンの自己注射は、あくまでもアナフィラキシー補助製剤であり、効果発現は5分以内、持続可能な時間は20~30分。注射後は速やかに医療機関への受診を勧めましょう。
- 3:適切でありません。筋肉注射ですので臀部への注射も本来であれば可能ですが、添付文書上、臀部への注射は認められていません。
- 4:適切です。緊急時には衣服の上からで可。
- 5:適切です。期限前に受診すべき理由の一つとして、使用期限が1年+αと極端に短く保険薬局では常時在庫するのが難しいという点が挙げられます。多くは処方箋受け取り後、後日渡しが多くなるため、使用期限ギリギリでの受診は避けるべきでしょう。
– 実務での活かし方 –
薬剤交付時に再度確認すべき事項を表1で確認しましょう。
確認項目 | 指導内容 |
---|---|
目的 | アナフィラキシー症状に対してあくまで補助的治療。使用後の医療機関への速やかな受診が必須 |
製剤選択 | 年齢ではなく体重確認。0.01mg/kgを超えない(0.15㎎製剤:15kg未満 0.3㎎製剤:30㎏未満) |
残液 | 2ml/キットが入っているが、使用するのは0.3mlのみ。残液が見えるが、使用できない |
保管 | 15~30℃保管のため、インスリンのように冷所保存はしない |
外部衝撃からの防止のため付属携帯ケースの利用 | |
紫外線による分解するので付属携帯ケースの利用 | |
タイミング | 心停止まで薬物5分、蜂毒15分、食物30分。速やかに使用 |
次にエピネフリンの薬効を表2で確認します。
受容体 | 作用 |
---|---|
α1受容体 | 血管収縮、粘膜浮腫軽減 |
α2受容体 | インスリン分泌低下、ノルエピネフリン分泌低下 |
β1受容体 | 心収縮力増強、脈拍増加 |
β2受容体 | 気管支拡張、脱顆粒※抑制、糖新生 |
エピネフリンがアナフィラキシー症状に有効な理由は、表2内にある脱顆粒抑制作用にあります。表2内注釈に記載したように、細胞根本からのアレルギー物質であるヒスタミンの遊離を抑える作用があります。これに対し一般的なアレルギー症状の時に使用する抗ヒスタミン薬は、遊離してきているヒスタミンが結合する受容体レベルでの反応を抑えるにとどまります。
このように、本来アナフィラキシー症状に対してエピネフリンの使用は非常に有効性が高いにも関わらず、使用後の回復が思わしくない場合に考慮すべきなのが、対象患者がβ遮断薬、α遮断薬、ACE阻害、ARBを薬服用中の場合です。これらの薬剤はエピネフリンの薬効と反する作用があり、服用しているとエピネフリンのような交感神経カテコラミン製剤は効果が発現しにくくなるため、服用薬の確認も必要となります。
事例
まず、アナフィラキシーとアナフィラキシーショックの定義確認をします。アナフィラキシーとは全身発赤、呼吸困難、嘔吐、顔色が悪くなるなどの症状表現であり、これらの症状が継続・悪化すると意識消失、脈拍の減弱となります。この状態をアナフィラキシーショックと言います。アナフィラキシーショックの原因を表3、死因を表4で確認します。
原因物質 | 主な種類 |
---|---|
食べ物 | ピーナッツ・魚介類・卵・果物・穀類・そばなど |
毒 | 蜂・蛇・蟻など |
薬剤 | ペニシリン・NSAIDSなど |
環境因子 | ハウスダスト・花粉・寒冷・温熱・光など |
ゴム | ラテックスなど |
死因 | 症状 |
---|---|
咽頭浮腫 | 気道が閉塞する |
呼吸不全 | 喘鳴、換気ができない |
ショック | 血液循環の不良 |
厚労省の人口動態統計によると日本のアナフィラキシーによる1年あたりの平均死亡者は薬物27人、蜂毒17人、食べ物5人程度です。この中で毎年7月~10月に多発する蜂刺されによる被害は、最近では林業従事者だけではなく、都市部の一般市民にも被害がでていて、社会問題にもなっています。蜂毒による死亡者数は表5を確認してください。
年度 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
死亡者数 | 19 | 15 | 13 | 20 | 16 | 22 | 24 | 14 | 23 |
男 | 16 | 14 | 11 | 16 | 11 | 18 | 19 | 9 | 20 |
女 | 3 | 1 | 2 | 4 | 5 | 4 | 5 | 5 | 3 |
林業従事者死亡者数 | 1 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 |
蜂刺されによる死亡原因は、その大半がアナフィラキシーショックであり、そのアナフィラキシーを起こしうる蜂毒の成分を表6に示します。
一般的な蜂毒の分類 | 主な成分 |
---|---|
アミン類(発痛作用) | ヒスタミン、セロトニン、カテコールアミン、アセチルコリン |
低分子ペプチド | メリチン(溶血作用)、アパミン(神経毒)、蜂毒キニン(強い発痛作用)、マストパラミン(内因性ヒスタミンの放出)など |
高分子タンパク (細胞組織破壊、神経毒) |
ホスホリパーゼ、ヒアルロニダーゼ、プロテアーゼなど |
注意したいのが、テレビなどの影響のためか、毒を持つ生物に噛まれた場合、患部を口で吸って毒を吸い出す行為。口内炎など口の中に傷がある場合、毒が体内に回る可能性があるため、基本的にはこのような行為は避けるように伝える必要もあります。
アナフィラキシーショックによる死亡に至るまでの所要時間は、前出のように長いものでも30分以内です。このような症状発現を確認し、エピネフリン自己注射製剤を患者自身が携帯していた場合、速やかに処置の補助もしくは処置をすべきです。AEDのように使用の可否を機械が判断してくれるわけではないので、使用に際して躊躇するかもしれません。しかしエピネフリン自体が、心肺機能に対して正の負荷であることや、本来の救命蘇生で使用する量と比較すれば少量であることを考慮し、迷うことなく使用すべきです。
使う時はいざという時。薬剤師も常時使用方法の確認と練習をしておきましょう。