”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 更新日:2023.03.01公開日:2019.05.29 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

第44回 新生活のストレスで不眠!? 眠りの生薬と薬膳

新生活のストレスで不眠気味の人も多い季節。眠れないまま朝を迎えたり、しょっちゅう目が覚めてしまったりして疲れがとれないのはつらいものです。実は、不眠症は中医学の得意分野のひとつ。「病の根本原因を追究し、根本治療を目指す」という中医学の基本精神「治病求本」がここでもいかんなく発揮されるからです。

目次

 
中医学における不眠症の考え方とは

漢方で不眠症を治す際には、中枢神経系を抑制して眠らせるのではなく、心と体の状態を整えることで、自然に眠れる健康体を目指します。

そのため、睡眠を改善するさまざまな漢方薬は、日中の眠気、ふらつき、頭がボーッとするなどの副作用はありません。むしろ昼間は元気に気分スッキリ過ごせて、夜は自然に眠れるような体になっていきます。

ひとことで不眠症といっても必要な薬は人によって異なります。同じ病でも人によって治し方が異なることを、『同病異治(どうびょういじ)』といいます。

睡眠のトラブルは、主に心・肝・脾・腎が関係し、気・血・津液の不足や停滞によって引き起こされます。どこの臓にトラブルがあるのか、気・血・津液のどれにトラブルがあるのかは、人によってさまざまです。

不眠タイプ別・おすすめ漢方と薬膳

今回はおおまかに4つのタイプに分けて、おすすめの漢方・薬膳についてお話しします。

(1)イライラ怒りっぽい・気分の落ち込みなど気分の上下・不満や我慢が多くストレスが強い・寝つきが悪い・眠りが浅い・夢が多い……などがある人
「肝」の気の巡りが悪くなっているタイプ
です。

イライラや落ち込みなど『気滞(きたい)』の症状が現れます。このタイプの不眠症の女性は、月経前症候群(PMS)でも、情緒の不安定さがあらわれることが多いです。

香りのよい生薬や食材などが有効です。柴胡(さいこ)、薄荷(はっか)、香附子(こうぶし)などの生薬や、紫蘇の葉、セロリなどの香味野菜、柑橘系などがオススメ。

アールグレイティーやミントティー、菊の花茶など、「呼吸が深くなって、ホッとする香り」を生活にたくさん取り入れるとよいでしょう。

(2)疲れやすい・心配性・不安感・精神的にも肉体的にもパワーが足りない・顔色が淡白~くすんだ黄色・唇や爪の色が薄くツヤがない・眠りが浅い・夢を多く見る・途中覚醒……などがある人
「心脾両虚(しんぴりょうきょ)』タイプ
です。

過ぎたことをクヨクヨと思い悩みやすく、マイナス思考になりがちで、自責感が強い人が多いように思います。気血の不足、消化器系の慢性的な弱りが根本にあります。

竜眼肉(りゅうがんにく)、大棗(たいそう)、当帰(とうき)、黄耆(おうぎ)、酸棗仁(さんそうにん)などの生薬がおすすめ。「大棗」は一般的には「なつめ」と呼ばれます。「竜眼肉」は「ロンガン」の名称でご存じの方もいらっしゃるでしょうか。東南アジアや中国では、道端でフレッシュフルーツとしても売られています。

なつめも竜眼肉も生薬として用いるときは、砂糖もなにも加えずにドライフルーツにしたものを使います。甘味が濃縮されて、ドライもなかなか美味。おやつ代わりにおすすめです。

(3) イライラ・驚きやすい・口が粘る・口が苦い・舌にベタッとした苔がある・吐き気・痰・めまい・胸のつかえ・頭重・寝付きが悪い・眠りが浅い・夢が多い……などがある人
胃腸に負荷がかかり、飲食物の停滞があります。余分な水がダブついている『痰湿(たんしつ)・痰熱(たんねつ)』タイプ
です。

陳皮(ちんぴ)、半夏(はんげ)、茯苓(ぶくりょう)などの生薬がおすすめです。「陳皮」は温州みかんの皮を干したものなので、無農薬のみかんが手に入れば、家庭でも作ることができます。

胃腸に負担をかけないよう、食事量を全体的に減らして「腹七分目」を意識し、肥甘厚味(脂っこいもの、甘いもの、味の濃いもの)・生冷飲食(なまもの、冷たいもの)を避け、薄味のさっぱりした食事で消化によいものを選んでください。胃もたれ・むかつきなどあるひとは、一食抜くのもひとつです。夜の食事を少なめにするのもいいでしょう。

(4) 手足や体のほてり・寝汗・のどや口の中の渇き・耳鳴り・健忘・足腰が弱い・大便が硬い・不安感・舌苔が無いか少ない・途中覚醒・眠りが浅い・夢が多い・寝つきが悪い・……などのある人
『陰虚火旺・心腎不交(いんきょかおう・しんじんふこう)』タイプ
です。

からだに必要な潤いが不足しています。(かといって、水を飲めば治るわけではありません。)
地黄(じおう)、天門冬(てんもんどう)などの生薬や、やまいも類(長芋でも自然薯でもヌルヌルする芋ならなんでもOK)、くこの実、桑の実、黒ゴマ、黒豆、亀、すっぽん、白きくらげなどの潤いを補う食材がおすすめです。これらの多くは生薬としても使われます。

頭が疲れている人は、体を動かす習慣を

頭が疲れて眠れないのなら、身体を動かす習慣をつけるのも大切です。身体を動かしている間は、頭を休めることができ、気分がスッキリします。

体質によって、自分に合った運動は異なりますが、誰にでもおすすめできるのは気功です。
私の場合は、眠れないときに普段の気功練習(仙人長寿功などの身体を動かす気功)のほかに、「リラックス気功(放松功)」をすると、すぐに眠れます。「放松」とは中国語で「リラックス」という意味で、放松功は身体を動かさない静かな気功法です。

考え方のクセを知るのも、大切な養生

古代中国の人々は、五臓のほか、その他の体の部位や感情なども、五行に当てはめて分類しました。「肝は怒(怒る)」、「脾(消化器系)は思(思い悩む)」など、中医学は現代科学がまだ気づいていない臓器と感情の関係性を知っています。

中医学の養生法は身に着ければ一生もので、自分自身のためはもちろん、周りの人の役にも立てることができます。食事や睡眠のとりかた、運動などの生活習慣の積み重ねが体質をつくるのはもちろんですが、心の在り方・考え方のクセ “が“体質”をつくり、“体質”がその人の“心の在り方・性格”をつくります。

漢方薬・食養生に加えて、自分自身の日々の生活習慣や心の在り方・思考のクセに気がついて修正することも大切な養生のひとつかと思います。

 
参考文献:
・中国国家中医薬管理局中医師資格認証センター(編著)、陳 志清・路 京華(監修)、武藤 勝俊・陳 志清(翻訳)『中医内科学』たにぐち書店 2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社2004年・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社1996年・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年

「薬読」編集部より

5月は心身の不調がおきやすい時期。「寝つきが悪くなった」という方はもちろん、そうでない方も自覚症状をもとに自分の不調タイプを知り、体に摂り入れるものを見直してみましょう。漢方薬についてもっと勉強してみたい方は、日本チェーンドラッグストア協会(JACDS)による「漢方アドバイザー」の資格取得がおすすめです。医療機関・ドラッグストア問わず仕事に生かすこともできますのでぜひチェックしてみましょう。

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/