知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第48回 夏バテ知らずの食べ方のポイント 【夏の食養生(2)】
夏バテや熱中症が心配なこの時季。暑さ対策は必要ですが、その一方で、冷たい飲食や冷房による冷えにも気をつけたいところです。中医学(中国伝統医学)では、季節に合わせた養生法をとても大切にします。というのは、「人間のからだ(=小さな世界)は、大自然(=大きな世界)の一部である」と考えるからです。ですから、中医学では人間だけをみることはしません。病気や健康を考えるとき、必ず、自然界(季節)との関わりの中で、人体をみつめます。前回に引き続き、夏の養生法のうち、飲食の養生についてお話したいと思います。
目次
夏は香味野菜も上手に使おう!
シソ・みょうが・生姜など、夏野菜はよい香りがして食欲がわくものが多いのも特徴です。これらは薬膳的に見ると、理気(りき:気を巡らせる)・健胃(けんい:消化器の働きを助ける)・解毒(げどく)作用に優れています。夏にあらわれやすい、食欲減退・冷たい食べ物の飲食による胃腸の機能が低下・食あたりといった症状に効果的です。
余分な湿気は発汗で退治! ただし、体質によっては合わない人も
カレーなどの香辛料を多く含むメニューを食卓に取り入れ、発汗を促すことによって、体温を下げて体にこもった湿気を汗として追い出す……という方法も夏の食養生のひとつです。「体にこもった湿気」というのは漠然としているように感じられるかもしれませんが、体の重だるさやむくみ、胃もたれなどさまざまな不調を招きます。
香辛料は食欲増進作用があるので、夏の食欲低下にも効果的です。ただし、過ぎたるは及ばざるがごとし。辛いものの摂り過ぎは、かえって消化器系の粘膜に負担をかけることもあるので気をつけましょう。
唐辛子・乾姜(かんきょう/乾燥生姜のこと)・八角・山椒・花椒などの香辛料の多くは、中薬学では、「温裏薬(おんりやく)」といって、身体を強く温める薬に分類されます。したがって、現代人に比較的多い【虚熱(きょねつ)タイプ】や【実熱(じつねつ)タイプ】など、虚実かかわらず何かしらの熱がこもっている人には、不向きな食材です。もともとの熱っぽい体質に、強い温熱性の香辛料でさらに熱を加えることになってしまい、体質を悪化させます。
昨年の夏、仕事でとてもストレスが強く(=肝火/かんか)、暑い日にチゲ鍋を食べたら全身に激しい蕁麻疹が出た、という患者さんがいました。この方はもともと、陰虚タイプでしたので、
陰虚(虚熱)+肝火(実熱)+暑邪+香辛料の熱邪=蕁麻疹(熱のあらわれ)
となったのでしょう。
気は「無形のもの(形の無いもの)」、血や津液(=潤い)は「有形のもの(形あるもの)」と第40回でお話ししました。汗をかくということは、「汗=有形のもの」を失うのと同時に、有形のものにくっついて存在している「気=無形のもの」も一緒に失います。気虚(ききょ)・血虚(けっきょ)・陰虚(いんきょ)など何かしらの不足がある人は、過度に発汗すると疲れてしまいますから、辛いものは控えめにしましょう。
夏ですから、汗をかいて当たり前です。汗をかくことは悪いことではありません。ただ、過度の発汗は消耗をまねくので気をつけましょう。
生のもの、冷たい飲食にご用心
夏は気温が高いため、体表部は温められ気血の循環が良いのですが、そのぶん内臓は冷えがちです。詳しくは後述しますが、夏はただでさえ内臓(おなか)を温めなければいけない季節であるにもかかわらず、ついつい冷たい飲食に手をのばしがちです。
中医学では、生もの・生野菜・生の果物といった、冷たい飲食物をまとめて「生冷飲食」(せいれいいんしょく)といいます。生冷飲食の摂り過ぎは、脾胃(ひい:消化器系)を冷やして弱らせ、消化吸収をうまくこなせない状況を作りあげてしまいます。
自分の消化吸収能力によって消化しきれない飲食物は、邪気(じゃき)として体内に停滞します。ここでいう邪気は、おもに「湿邪」(しつじゃ)と呼ばれるもので、要するに「余分な水分の停滞」のことです。
この湿邪はすぐさま悪さをすることもあれば、秋冬の喘息、春先の花粉症などのように、体内に潜伏して時季をずらして悪さをすることもあります。サラサラ水っぽい鼻水や痰がとめどなく流れ出るタイプの人は、夏の間の生冷飲食を控え、温かい飲食でお腹を冷やさないように意識しておくと、だいぶ症状が軽く済みます。若いころから喘息に悩んでいた患者さんが、「大好きな冷たい水を飲むのを控えたら秋冬の症状が軽くなった!」と報告くださったことがありました。このように、冬の病(冬にあらわれる症状・悪化する病気)を夏のうちに予防・治療することを「冬病夏治(とうびょうかち)」といいます。
ですから、夏こそ「温かいもの」を摂ってください。温かいものを口に入れた時は「暑い」と感じても、汗をかくことで結果として体温は下がり涼しくなります。また、温かいものを摂ることで内臓に負担をかけずに済みます。内臓機能が弱ると、結果として熱中症が起きやすい体質になってしまいますので、それを防ぐ意味でも夏に温かいものを摂ることには意味があるのです。
暑くてどうしても冷たい飲み物が飲みたくなったら、凍らせた緑茶入りのペットボトルを同時に両耳にあてて約1分間冷やしてみてください(緑茶は寒涼性のため、冷やす作用があります)。約1分たつと、唾液がでて、のどの渇きがなくなることがあります。それでも、のどが渇いていたら、本当に水分が必要な時ですので飲むべきです。こうすることで、水分の摂り過ぎの予防にもなります。
脱水症にならないように水分補給に気をつけることは大切ですが、その一方で冷たい水分の摂り過ぎで体調をくずす人も夏はとても多いのです。水分は一度に大量に飲むのではなく、少量ずつゆっくり飲んでください。飲食の「飲」の漢字の本来の意味は、ガブガブ飲むことではなく、「チョコチョコと少量ずつ飲むこと」をいいます。漢方や薬膳の本場・中国では、「夏こそ温かいお茶を」という養生法は、一般庶民の間で(中医学の理論を知らなくても)常識となっています。ぜひ、試してみてください。
参考文献:
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社1994年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店2019年
・翁維健(主編)『中医飲食営養学』上海科学技術出版社2007年
・小金井信宏『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
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「薬読」編集部より
暑い夏は冷たい飲食物や香辛料の効いた食べ物がおいしく感じられる季節ですが、夏バテ知らずの健康な身体を維持するためには摂り過ぎはご法度のようですね。体内に摂取するものがどのように影響をもたらすのか、中医学の考え方は薬剤師が知っておいて損はない知識です。「漢方アドバイザー」という資格を取得すると、漢方薬の服薬指導などに携わることができ、キャリアアップにもつながります。