学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。
医薬品の名前には、化合物名や研究開発コード、商品ごとのブランド名など、いろいろな種類があることは以前書いたとおりです。名称の由来もさまざまですが、今回はなじみの深い消炎鎮痛剤に絞って、その名付けのルーツを紹介しましょう。
鎮痛剤の代表格といえば、やはりアスピリンでしょう。1899年の発売開始以来、長きにわたってベストセラーの座を守り続けている「医薬の王様」です。その消費量は500ミリグラム錠剤換算で年間約1000億錠、並べると月まで1往復半近くになるといいますから、その売れ行きの凄まじさがわかります。19世紀以来、ほとんど基本的な部分が変わらないまま売れ続けている商品は、他にほとんどないのではないでしょうか。
アスピリンの化合物名は「アセチルサリチル酸」、つまりサリチル酸にアセチル基を取り付けたものという意味になります。サリチル酸はヤナギの木に由来する鎮痛成分で、ここにアセチル基を化学合成的に取りつけて合成されます。このサリチル酸は、セイヨウナツユキソウ(学名Spiraea ulmaria※)からも得られたため、当時は「スピル酸」という別名もありました。アスピリンの名は、アセチル基の「ア」と、スピル酸の名をつなげて作られたものです。
※一般的にはFilipendula ulmariaという学名でも呼ばれます
薬剤師のみなさんには常識かと思いますが、いわゆる「ピリン系」の解熱鎮痛剤はピラゾロン骨格を持った薬剤の総称であり、アスピリンはピリン系に含まれません。ピリン系鎮痛剤に対してアレルギーを発する方がいますが、こうした患者さんには「自分はアスピリンが合わない」と勘違いして覚えているケースがありますので要注意です。
アセトアミノフェンは、para-acetaminophenolの最初と最後を省いたネーミングです。ただし海外では「パラセタモール」の名が使われている国も多く、こちらは最初と最後を残して真ん中を切ってしまっています。省略の仕方にも、命名者のセンスが表れるようです。
研究者たちは、アスピリンの構造を変換することで、多くの消炎鎮痛剤を作り出しました。これらは、フェニル酢酸ユニットを中心骨格として持つ点が共通しています。このタイプの医薬には、正式な化学名を縮めて命名されたものが多く見られます。たとえばイブプロフェンの正式名称は日本語では2-(4-イソブチルフェニル)プロピオン酸といいます。この2-(4-isobutylphenyl)propionic acidという綴りの太字部分をつなぎ合わせてつけられた名です。じゃあなんで「イブフェンプロ」じゃないんだ、と言われると困りますが。
一般にはロキソニンの商標で馴染みの深いロキソプロフェンは、2-{4-[(2-oxocyclopentyl) methyl]phenyl}propanoic acidの太字部分をつないでできた名前です。同様に図にすると下のような感じです。
「ボルタレン」などの商標で知られるジクロフェナクも、同じような経緯で命名されています。2-(2-(2,6-dichlorophenylamino)phenyl)acetic acidを縮めたもので、うまく主要な要素が名前に織り込まれています。
インドメタシンも、よく用いられる消炎鎮痛剤のひとつです。いままでの化合物が中心にベンゼン環を持っていたのに対し、インドメタシンはインドールを中心骨格としています。2-{1-[(4-Chlorobenzoyl]-5-methoxy-2-methyl-1H-indol-3-yl}acetic acidに由来する名称です。
余談ながら筆者は、友人に「インドメタシンってインドと関係あるの?」と素朴な質問をされたことがあります。上記のように、インドメタシンの名はインドールという化合物由来ですから関係ないかと思ったのですが、よくよく調べてみると関係がなくもありませんでした。
インドールという化合物は、藍染めの研究から見つかりました。藍の染色成分インディゴを分解して得られたため、インドールの名がつけられたのです。古代ローマは藍をインドから輸入しており、このためindicumの名で呼ばれていました。これが英語の「インディゴ」の由来です。というわけで、インド→インディゴ→インドール→インドメタシンと、4段階を経てインドとインドメタシンはつながっていたわけです。
まあどうでもいい話といえばそれまでですが、薬の語源を調べるのは名前をしっかり覚えることにもつながりますし、患者さんとのコミュニケーションにも使えるかもしれません。面白い名前だなと思ったら、ちょっと語源を調べてみるのも一興ではないかと思う次第です。