薬にまつわるエトセトラ 更新日:2023.03.03公開日:2022.06.07 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第92回

メタバースは医療分野でどう活用される?導入事例を紹介

近頃、「メタバース」という言葉をよく耳にするようになりました。ウィキペディアを見ると、「コンピュータやコンピュータネットワークの中に構築された、3次元の仮想空間やそのサービスを指す」と解説されています。わかったようなわからないような説明ですが、実際にもかなりフワフワした使い方がされている言葉です。

メタバースの概念の出どころになったのはある種のオンラインゲームで、アバター(ネット上での「分身」のようなもの)を使ってプレイヤー同士が交流できる特徴がありました。2003年に登場した「セカンドライフ」は、仮想世界の中で教室や演奏会、経済活動まで行えるなど、メタバースのはしりというべきものです。

最近ではVRヘッドセットなど、より没入感を高めるデバイスも登場し、「もう一つの世界」構築の環境が整ってきました。そんな中、2021年10月にフェイスブック社が、社名を「メタ」に改めると宣言し、一気に注目度が高まったわけです。

フェイスブック社は、メタバースこそがSNSに代わる次代のプラットフォームだとして、仮想空間の構築に力を入れていくと発表しています。こうしてメタバースという言葉が注目を浴びたのをきっかけに、多くの企業がその活用を謳い始めました。

 

メタバースと医療

医療分野にも、さっそくメタバースの導入が始まっています。たとえば2022年4月、順天堂大学病院は日本IBMとの提携で「順天堂バーチャルホスピタル」を設立し、共同研究を進めてゆくことを発表しました(デジタルクロス[2022年4月27日]より)。

同病院は「2022年〜2024年の約3年をかけて、仮想空間であるメタバースを活用した医療サービスのビジネスモデル構築と、事業のためのエコシステム形成を目指す」としています。国内では、これが初めての試みとなります。

これにより、患者と医者及びその家族は、そのアバターを通じてバーチャル空間内でコミュニケーションを図れるようになります。これによって患者の満足度を高めると同時に、医療従事者の働き方改革につなげるとしています。

仮想空間内での診察・診断は、法律的・技術的制約があるためにすぐにとはいかないでしょうが、治療方針の説明や質問、簡単なカウンセリング的な用途などには有効でしょう。通院がままならないような病状の患者さんには便利ですし、感染症のリスク軽減にもつながることでしょう。

予約・支払いなどもメタバース上で可能にする方針だそうで、これが普及すれば医療のあり方、そして薬局などのあり方もだいぶ影響を受けそうです。

 

製薬企業のメタバース活用

病院だけでなく、製薬企業もメタバースの活用に乗り出しています。本サイトでも、ツムラなどがバーチャルMRを用意し、医薬品情報提供に活用していくことを報じています。

またアステラス製薬も上記と同様の取り組みをしている他、研究会・講演会にメタバースを用いてゆく方針を明らかにしています。

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コロナ禍の中で、Zoomなどを通じたオンライン講演会はすっかり定着し、遠隔地まで出向かなくても済む利便性は十分に浸透しています。比較的気軽に質問ができるなど、オンラインならではの利点も多くあります。

反面で、対面の講演会ならではの思わぬ出会いや、さまざまな相手と会話し、交流するといったことは、やはり通常のオンラインのシステムでは行いにくいのが現状です。

メタバースによる講演会はこれを補い、対面とオンラインのいいとこ取りをできる可能性があります。すでにこうしたシステムはいくつも登場しており、さらに磨きがかかっていくことでしょう。

 

創薬とメタバース

これらと全く異なるアプローチとして、創薬にメタバースの技術を活用する取り組みもなされています。たとえば中外製薬は、タンパク質と医薬分子の相互作用を、VRゴーグルを使って立体的に見られるシステムを導入しました(日本経済新聞[2022年5月7日]より)。

今までにも、ディスプレイ上で分子を表示させることは広く行われていましたが、実際に分子の世界に入り込むようにして見られるのであれば、化合物デザインの際にずいぶん助けになりそうです。

もちろん、社内外で行われる会議にも、メタバースの活用は有効でしょう。遠隔地にある研究所などでは、互いにコミュニケーションを図りづらいことが少なくありません。新たなものは異分野との交流から生まれますので、こうしたシステムの活用には意義がありそうです。

このように、各企業はさまざまなアプローチで、メタバースの導入を図っています。とはいうものの、しばらく前まで「AI」「DX」と言っておけば話題を集められたのが、今度はメタバースになっただけではないか、と思うような例も見受けられます。

また、医療や創薬の分野においては、極めて機密性の高い情報を扱わなければならず、メタバースの普及には障害になりそうです。この点をクリアすればもっと面白い使い方が出てきそうですが、これからどうなっていくか、注目です。

<参考URL>
・順天堂大学、病院のメタバースを使う医療サービスを日本IBMと共同で研究|デジタルクロス[2022年4月27日]
・メタバースで創薬 中外製薬、米スタートアップと連携|日本経済新聞[2022年5月7日]

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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