薬にまつわるエトセトラ 公開日:2024.07.03 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第117回

スタチンの発見者・遠藤章氏の功績~コレステロールを制した男

バイオファーム研究所所長、東京農工大学特別栄誉教授であった遠藤章氏が、2024年6月5日に逝去されました。90歳でした。
 
遠藤氏はHMG-CoA還元酵素阻害薬、いわゆるスタチン剤の発見者として著名です。その功績によって日本国際賞、ラスカー賞、ガードナー国際賞など数々の賞を受賞し、ノーベル賞の有力候補にも挙げられていました。
 
スタチン剤の効能については、薬剤師のみなさんには今さら語るまでもないでしょう。その発見までには数々のエピソードがありました。今回は、遠藤氏の功績を振り返ってみたいと思います。

 

生い立ち~研究開始まで

遠藤章氏は、1933年に秋田県の農家に生まれました。苦学して東北大学農学部へと進学、在学中にペニシリン発見物語の本を読み、大きな影響を受けたといいます。
 
1957年に三共(現・第一三共)に入社した遠藤氏は、2年目に早くも研究成果が商品化されるなど頭角を現し、米国留学を許可されます。
 
ニューヨークに暮らして驚いたことは、牛肉を大量に食べる米国人の食生活と、肥った人があまりに多いことでした。心筋梗塞などで倒れる人も多く、遠藤氏はコレステロールの研究に興味を持つようになります。
 
もう一つ、米国の研究体制を目の当たりにしたことも、遠藤氏のその後に大きな影響を与えました。資金も人材も潤沢な米国相手に、同じような研究テーマで真っ向勝負を挑んでも、まず勝ち目はないことを痛感したのです。

 

スタチンの発見

帰国後、遠藤氏は新設された醗酵研究所の所属となり、1971年からコレステロール合成阻害剤の探索研究に取りかかります。各種微生物の作り出す化合物を片端から試験する、実に地道で気が長く、そして他人が手をつけぬであろう研究でした。
 
開始から2年が経過した1973年、幸運の女神が微笑みます。京都の米屋で見つかった青カビが、コレステロール生産を抑制する化合物を作っていたのです。この化合物は、ML-236Bと名づけられます。
 
ML-236Bは、HMG-CoA還元酵素を阻害する作用を持ちます。これはコレステロール生合成過程の鍵であり、コレステロール生合成を抑制するための理想的な標的となる酵素でした。
 
やがて判明したML-236Bの構造を見て、遠藤氏は「これは本物だ」と確信したといいます。ML-236Bの側鎖部分の構造が、HMG-CoA還元酵素の標的となる化合物によく似ていたからです。
 
しかしML-236Bは、すぐに思わぬ壁に突き当たります。ラットでの実験で、血中コレステロール値を全く低下させないことが判明したのです。
 
それでも諦めきれなかった遠藤氏は、他の動物でなら効果があるかもしれないと考え直します。そこで、他の実験で使われたメンドリをもらってきてML-236Bを投与したところ、見事に血中コレステロール値が低下していたのです。これにより、プロジェクトは息を吹き返しました。
 
後に、ラットではML-236Bでコレステロール産生を下げると、HMG-CoA還元酵素が誘導され、薬の効果が帳消しにされてしまうことが判明しました。実験動物として、たまたまラットは不適だったわけです。もしここで遠藤氏が引き下がっていれば、スタチンはこの世になかったか、はるかに世に出るのが遅れていたことでしょう。

 

退職とその後の足跡

しかし遠藤氏は、スタチンが医薬として実用化するのを見届けることなく、1978年に三共を退職し、東京農工大に移籍します。自分の研究がしたいというのがその理由でしたが、社内で冷遇を受けていたとの話もあるようです。
 
これに限らず、大型医薬を世に送り出した大功労者が社内で正当な扱いを受けられず、退職の道を選んだという話は、日本にも海外にも数多くあります。あまりに巨大すぎる存在が内部にいることを、会社という組織は好まないのかもしれませんが、元研究者の端くれとしては悲しいことではあります。
 
ML-236Bの運命も、その後変転しました。三共は米国メルク社と組んで臨床試験を進める予定でしたが、同社にうまく立ち回られ、三共はこの薬を手放すことになります。結局メルクは類似化合物をロバスタチンの名で発売し、世界的大ヒットとなりました。ただし日本では、ロバスタチンはいまだ未承認のままになっています。
 
その後三共は、ML-236Bの構造を1か所変換したプラバスタチンを開発し、臨床試験にも成功しました。プラバスタチンは史上初めて国内年間売上が1000億円を超える医薬となり、三共に黄金期をもたらすことになりました。
 
それから世界の製薬企業各社は、ML-236Bの構造をもとにして化学合成によるスタチン剤を次々に開発し、ここから多くのブロックバスターが生まれました。服用者は世界で約4000万人といわれ、多くの命を救ったことに疑いはありません。
 
遠藤氏は東京農工大でも多くの研究成果を挙げ、いくつかはガムや化粧品などの商品化に結びついています。実用研究に生涯を捧げた偉大なる先人に心より感謝し、その御冥福をお祈りするものです。

 

参考文献

■『新薬スタチンの発見 コレステロールに挑む』 遠藤章 岩波書店
■『世界で一番売れている薬 遠藤章とスタチン創薬』 山内喜美子 小学館

 

 
 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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