薬にまつわるエトセトラ 公開日:2024.11.07 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第121回

プベルル酸とは?「紅麹」問題の原因とされる物質はなぜ混入したのか

2024年3月、ショッキングな事件が発覚しました。小林製薬が製造していた「紅麹コレステヘルプ」というサプリメントを服用していた人のうち少なくとも5名が死亡し、240名以上が入院するという大きな健康被害が出たというものです。
 
被害者は腎臓機能が低下しており、筋力低下や倦怠感などを訴えていました。この症状は、ブドウ糖やアミノ酸などが尿中に排泄されてしまう、ファンコーニ症候群と一致します。
 
事件発覚直後から詳細な調査が行われ、一時はシトリニンという化合物(カビの一種が作る化合物で、腎毒性を示す)が原因物質として疑われました。しかしこの9月、健康被害の原因はプベルル酸という物質であることがほぼ確定したと発表されました。
 
参照:「紅麹」問題 “プベルル酸が原因物質だとほぼ確定” 厚労省|NHK

 

プベルル酸とは

このプベルル酸は1932年に発見された化合物ですが、その後の研究例は少なく、筆者が話を聞いた多くの化学者たちも、初耳だと声を揃えていました。
 
プベルル酸は化学式C8H6O6で、珍しい七員環構造を持ちます。多くのヒドロキシ基を持つため、金属イオンに結びついて厄介事を起こしそうな構造と見えます。また、酸化を受けて反応性の高い化合物に変化し、体内の重要化合物と反応してしまう可能性もありそうです。

プベルル酸の構造

プベルル酸の構造

プベルル酸の生理作用としては、抗マラリア作用がある他、グラム陽性菌に対しても弱い抗菌作用を持つことがわかっていました。毒性については2017年に報告があるものの、深い研究はなされていなかったようです。
 
事件後に行われた、ヒト腎細胞を用いた研究で、プベルル酸は近位尿細管上皮細胞の細胞死を誘導することが判明しています。今後、さらに詳細なメカニズムが解明されていくことでしょう。
 
参照:世界初、日機装と金沢大学がプベルル酸の腎毒性を細胞実験で確認/食品や医薬品に含まれる化合物の腎毒性を効率的に細胞実験で評価|日機装株式会社

 

なぜプベルル酸が混入したのか

紅麹は、コウジカビの一種を培養したものです。本連載第117回で紹介した遠藤章氏が、京都の米屋で集めてきたコウジカビの培養液からモナコリンK(別名ロバスタチン)を分離し、コレステロール生合成阻害作用があることを発見しました。小林製薬の「紅麹コレステヘルプ」も、この化合物を有効成分としたものです。
 
しかし、ずっと問題なく製造されてきた紅麹サプリが、ある日突然毒性を帯びたのはどういうわけだったのでしょうか。調査の結果、プベルル酸を作っていたのはコウジカビではなく、混入した青カビであったことがわかりました。
 
事実検証委員会の報告書によれば、紅麹原料を製造していた大阪工場の関係者が、培養タンクの内側に青カビがついているのを発見していました。この関係者は品質管理担当者にこのことを報告しましたが、「青カビはある程度混じることがある」として放置されていたとのことです。
 
参照:小林製薬紅麹問題「現場、青カビ付着を認識」 外部委報告|日本経済新聞
 
この青カビが原因であったかどうかは、まだわかりません。ただし、このようなずさんな管理体制でサプリメントが製造されていたことは、どうやら事実のようです。
 
カビ類は各種のマイコトキシン類を生産し、しばしば食中毒の原因となるのはよく知られています(前述のシトリニンもその一つ)。でありながら、青カビの混入を放置して紅麹の製造を続けていたというのは、大いに問題と言わざるを得ません。

 

紅麹はサプリか医薬か

前述のように、紅麹サプリの有効成分はロバスタチンです。この化合物は、いろいろな経緯があって日本では医薬として承認されていないものの、米国などではスタチン剤の一種として医療の現場で活躍しています。
 
このため、米国では紅麹由来の製品をサプリメントとして販売することは禁止されています。コレステロールの生合成過程を阻害して、悪玉コレステロールを低下させるという作用は、やはりどう考えても医薬のものです。ビタミン剤や鉄分などの、栄養補給を目的としたサプリメントとは同列に並べられません。
 
こうした成分を含む製品が、ドラッグストアで誰でも簡単に購入でき、専門家の指導などもないまま自由に服用できる状態であることには、筆者は違和感を覚えます。

 

信頼回復のために

紅麹事件の後、小林製薬は「糸ようじ」の販売を休止すると発表しました。それまで日本医師会から受けていた推薦を取り消されたため、パッケージのデザインを変更する必要があったとのことです。
 
参照:小林製薬、糸ようじなど販売休止 歯科医師会が推薦取消|日本経済新聞
 
この件について、SNSでは「糸ようじは紅麹と何の関係もないのに」「これは小林製薬へのいじめだ」という声が多く上がっていたようです。
 
もちろん糸ようじに何か問題があったわけではないと思いますが、一事が万事ということもあります。生命のシステムに直接タッチする製品をいい加減に作っていた企業を、簡単に信頼することはできないという感覚は、筆者には納得できるところです。
 
今回の事件を受け、機能性表示食品を製造する工場にも、GMP準拠を義務付ける動きが出ています。価格などに影響は出そうですが、信頼回復のためには必要な措置ではないかと思う次第です。
 
参照:<独自>サプリメントにもGMP認証取得の義務付化へ 医薬品に準じる管理に、紅麹問題受け検討会|産経新聞

 

 
 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。