映画・ドラマ
「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。
vol.8 「インサイド・ヘッド」(2015年・アメリカ)
第88回アカデミー賞「長編アニメーション賞」受賞作品。
ライリーは、笑顔が素敵な活発な11才の女の子。そして、いつも彼女の頭の中にいる“5つの感情たち”――ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、カナシミ。そんな感情たちは、頭の中の司令部で、ライリーを幸せにするため日々奮闘していた。
ところが、遠い街への引っ越しで、不安とドキドキがいっぱいになったライリーの心の中で、ヨロコビとカナシミは迷子になってしまう。
2つの感情を失った頭の中の世界は異変の兆しを見せ始め、ヨロコビ不在の司令部も大混乱となる。一方、ヨロコビとカナシミの二人は巨大迷路のような ≪思い出保管場所≫に迷い込み、自分たちも今まで見たことがなかった驚きと色彩に満ちた世界で大冒険を繰り広げていた――司令部へ戻り、ライリーを再び笑顔にするために!
ディズニー/ピクサー長編アニメーションの20周年を記念して製作されたファンタジー作品。舞台は「人間の頭の中」です。
作中では脳科学的・心理学的視点に基づき、人間の脳に存在する5つの感情の特性が実にわかりやすく擬人化されています。ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリ……これらの感情たちは、主人公のライリーがより良い人生を歩むことができるよう、常に見守ってくれる存在です。
ライリーが体験するできごとを、脳内の司令部にいる5つの感情たちが記憶として処理していく様子は、大脳辺縁系にある扁桃体の働きそのもの。扁桃体の活動に密接にかかわるのが、ドーパミンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質です。神経伝達物質は感情の元であり、心の状態を決めるものですが、5つの感情たちはこの神経伝達物質を擬人化したものといっていいかもしれません。
記憶を司る海馬と感情を司る扁桃体の関係についても、とてもわかりやすく描かれていました。感情たちがコントロール装置で処理した記憶は「思い出ボール」として保管され、中でもライリーの人生にとって特別な意味がある思い出は、テーマごとに集まっていくつかの「島」を形成していきます。「おふざけの島」「友情の島」「ホッケーの島」「正直の島」「家族の島」……この島々が、ライリーの性格を表しているという設定です。記憶は海馬の領分ですが、記憶を定着させるのは扁桃体、つまり感情が大きな役割を果たしていると言われています。この海馬と扁桃体の働きが、その人の性格を作り出している、というのは現在の脳科学の定説です。
そして、引っ越しで不安定になったライリーの頭の中で、ヨロコビとカナシミが迷い込んだのは、潜在意識の世界です。予測不能な領域で繰り広げられるスリリングな大冒険。ライリーが幼い頃の空想の友だちと別れるシーンでは、成長の過程で「消えていく記憶」の切なさに心を揺さぶられました。潜在意識の世界で何が起きているのか、誰の頭の中でも日々行われていることが、わかりやすくドラマチックに描かれているところが秀逸です。心や性格を形づくる脳の働きが、知識として学ぶのとは違う実感として迫ってきます。
作品の重要なキーとなる「カナシミ」の存在についても、考えさせられることがありました。私たち看護師の仕事は「感情労働」であることが多く、つらいことや悲しいことがあっても、感情を抑え込んでしまいがちです。私の周りには同じ医療従事者の仲間がたくさんいますが、「落ち込んではいけない」「前向きにいかないといけない」といった発言が聞かれることがよくあります。「悲しみ」を嫌い、無意識に遠ざけようとする人も多いと感じます。でも、それは決して良いことではないということも、作品を通じてよくわかりました。象徴的なのは「ヨロコビ」がチョークで輪を描き、「カナシミ」にこの輪から出ないようにと行動を制限するシーンです。その後、カナシミがどうなってしまうかは、実際に見て確かめていただきたいと思います。
「頭の中」という難解なテーマを扱っているにも関わらず、ストーリーのおもしろさやテンポの良さで、どんどん引きこまれます。エンターテイメント作品として見ても十分に楽しめますが、脳と感情のしくみが理解できると、仕事や人間関係でも役立つのではないでしょうか。薬剤師さんも人を相手とする職業柄、いろいろな患者さんと接する機会があると思います。難しい患者さんと相対して自分の感情の整理が必要なときや、相手を理解してコミュニケーションを図りたいときに、ぜひ思い出していただきたい作品です。
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