映画・ドラマ

公開日:2018.01.25 映画・ドラマ

「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。

vol.23「メアリー&マックス」(2008年・オーストラリア)

オーストラリアに暮らす8歳の少女メアリーは、いじめられっ子でいつも寂しい思いをしている。あるとき、アメリカに住む誰かと文通することを思いつき、電話帳から一人の人物を選び出す。送った先は、ニューヨークに住む44歳の中年男マックス・ホロウィッツ氏。人付き合いが苦手な彼もまた、孤独な日々を送っていた。大陸を超えて届いた一通の手紙をきっかけに始まった、メアリーとマックスの20年以上にわたる心の交流。不器用だけどあったかい…そんな2人が織りなす本当にあったお話。

―クレイアニメーションで描かれた、少女と孤独な中年男の魂の交流の物語―

 

今日ご紹介するのは、孤独な人間同士の交流をクレイアニメーションで描いた、2008年のオーストラリア映画「メアリー&マックス」です。日本では2011年に劇場公開されました。

 

クレイアニメーションというのは素朴な粘土製の人形を、少しずつ動かしてはコマ撮りで撮影して、それをつなげてゆくという、気の遠くなるような作業を繰り返して完成されるもので、この長編映画の制作にも5年という時間がかかっています。

 

今回の作品では、それに加えて最新のデジタル技術も使用され、以前のクレイアニメーションやコマ撮り映画にはなかった、ダイナミックな構図や劇的な効果も加えられています。それでもデジタル技術に頼り過ぎず、手作り感覚が全体に生かされているところにセンスを感じます。

 

物語は孤独な2人の人間の、20年にわたる手紙による交流の記録ですから、実写でも十分表現可能なストーリーです。しかし、仮にこの物語が実写映画化されたら、重い内容に多くの観客が、観ていて辛くなってしまったのではないでしょうか。クレイアニメーションというフィルターを通すことにより、その重さが和らげられ、幅広い観客に受け入れ可能なものとなっているのです。

 

主人公の1人はオーストラリアに住む、8歳の孤独な少女メアリー。盗癖のある酒浸りの母親と、家族には無関心な父親を持ち、顔のあざにコンプレックスを持っています。友達のいないメアリーは、郵便局の電話帳で見つけた、見ず知らずのニューヨークに住む誰かに、友達になってほしいという手紙を書きます。
手紙が届いた先は、もう1人の主人公である44歳のマックスという中年男。アスペルガー症候群で、無神論者のユダヤ人という複雑な背景を持ち、妄想の住人以外に友達は1人もいません。

 

この2人による手紙のやり取りだけの不思議な交流が、それぞれの人生のあれこれを挟みながら、ある時はコミカルに、ある時は詩的に、ある時は残酷に描かれてゆきます。途中である決定的な衝突が生じ、2人の関係はいったん断絶してしまうのですが、もちろんそのまま終わる訳はなく、最後にはビターではあるものの、胸が少し熱くなるような感動が待っています。

 

主人公の1人であるマックスはアスペルガー症候群(現在の自閉スペクトラム症)です。発達障害の一種ですが、知的発達や言葉の発達の遅れはなく、コミュニケーション能力や社会性に問題があって、対人関係の構築が困難であることが特徴です。ただ、歴史上の天才や偉人などには、自閉スペクトラム症の特徴を持っている人が多く存在していて、人間の性質の一つとして、理解した方がよいかもしれません。

 

対人関係を構築することが難しく、社会での居場所がないマックス。そんな彼が、遠くオーストラリアに住む孤独な少女の気持ちを理解しようとして苦しむ姿は、人間の心の不思議さを考えさせられるものでした。そして、通常なら絶対に出会うはずのなかった2人が、人と人が交流することの意味を、強く訴えかけてきます。

 

私が特に印象に残ったのは、他人を愛することの意味を問われたマックスが、そのことを考えるだけで壊れそうになる心に鞭を打って、メアリーの質問に命懸けで答えようとする姿です。通常の人には何でもないことでも、自閉スペクトラム症の人にとっては、尋常ではない苦労がある、ということを、極めて説得力を持って描いていたと思います。「自分が簡単にできることでも、この人にはとても苦労があるのではないか」という想像力を持つことが、発達障害の人を理解するうえで、一番大切なことではないかと個人的には思っているのですが、この映画にはそのことが、極めて明快に描かれているのです。

 

作者はこの世界や人生というものを、とても厳しくビターにとらえているので、このアニメーション映画に描かれている世界は、現実以上に残酷で無慈悲なようにも見えます。しかし、だからこそ、そうした世界の中で必死に生きる2人の主人公の姿は、現実に生きる私たちにも、確実に役立つ何かを届けてくれるのではないでしょうか。

 

日々患者さんと向き合っている薬剤師の皆さんにも、必ず役立つ部分のある映画だと思います。作品中にも頻繁に登場するチョコレートなどをお供にして、少しビターな中に奥行きのある甘さが隠れている、不思議で豊穣な人生の物語を味わってみてください。

 

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

北品川藤クリニック:http://www.fuji-cl.jp/

ブログ:http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

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