映画・ドラマ
「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。
vol.28「ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して」(2013年・フランス)
1948年。アメリカ・モンタナ州に暮らすジミーは、ネイティブアメリカン。第二次世界大戦から帰還後、原因不明の症状に苦しんでいる。カンザス州の軍病院へ入院するが、やはり原因はわからない。治療のために呼ばれた精神分析医のジョルジュは、対話を重ねることにより、ジミーが心に抱えた傷に次第に近づいていく。それはいつしかジョルジュ自身の心にある何かをも変え始め、やがてふたりの親交が奇跡を引き起こす……。
―治療者と患者の心の交流を描いた感動作―
今日ご紹介するのは精神分析を通じた治療者と患者の友情を描いた、2013年製作のフランス映画『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』です。フランス映画ですが、舞台はアメリカで、言葉は英語です。日本では2015年劇場公開されました。
時は1948年のアメリカ、モンタナ州。第二次世界大戦中、フランスの前線で頭部に外傷を負ったネイティブアメリカンのジミー(ベニチオ・デル・トロ)は、発作性の頭痛やめまい、視野の異常などの症状に悩まされています。頭部に傷を負ったあとの症状であったため、当初はその影響が疑われて脳波やレントゲンなどの検査が行われるのですが、特に異常は見つかりません。そこで、精神的な問題があるのではないかと疑われ、アメリカの精神分析の中心地であったメニンガー医学校での治療が開始されることになります。
しかし、やはり原因は見つからず、治療は難航します。そこでメニンガー医師は、民俗学者としてネイティブアメリカンの研究をしている、フランス人のジョルジュ・ドゥヴルー(マチュー・アマルリック)に診療を依頼することになるのです。映画はそこから、生い立ちも環境も境遇も違い、それでいてアメリカという地で疎外される立場としては共通しているジミーとジョルジュの、精神分析を通した心の交流が綴られてゆきます。
この映画は事実が元になっていますが、あまり背景の説明がされないので、内容を理解するには少し予備知識が必要です。主人公の1人である民俗学者のジョルジュはフランス国籍ですが、実はハンガリー出身のユダヤ人です。アメリカに渡って、民俗学と精神分析を結び付けた、民族精神医学という新しい分野を確立することになります。
そのきっかけとなったのが、映画で描かれたジミーの精神分析の事例研究です。アメリカの精神分析の専門家は、ジミーの背景にあるネイティブアメリカンの生活などへの理解が乏しいので、解釈することができずにいました。それを医師ではないジョルジュが、民俗学的手法を用いることにより、見事に解析することに成功したのです。
ただ、医師ではないジョルジュは、医師の監督の元に精神分析をサポートするという立場なので、医師団との間には軋轢が生じることになります。劇中で、フランス精神分析学会からジョルジュが「不適任」と言われるくだりがあります。これはジョルジュがまだ研修中で、一人前とみなされていない、ということを意味しているのです。精神分析の第一人者であるメニンガー医師が、何度もジョルジュをたしなめているのもそのためです。
夢分析が進むにつれ、ジミーの症状の背景には、女性に対する複雑な思いや、性的な欲求、過去のトラウマなどがあることが明らかになります。更にはネイティブアメリカンとして、差別され疎外されているという立場が、そこに影を落としているのです。
一方で治療者側のジョルジュも、アメリカでは異分子として見られている立場です。ハンガリー出身ですが、フランス名に改名をしていて、自分をフランス人と思わせようとしています。映画の中で右手の傷が見える場面がありますが、これはピアニストを以前目指していた過去につながっています。実は、手術の失敗でピアニストの夢を断念したという経歴があるのです。こうしたことが、医療に対する反発として、新しい学問を作る原動力にもなっているように思います。
前半でジョルジュが病気になり、それをジミーが気遣うことで、治療者と患者の関係が反転するという部分がありますが、これも治療者と患者の立場を固定化している医療に対する反発を、映画の製作者が込めているように思います。フランス人である監督が2013年にこの映画を作ったのは、移民や異文化に対して排除的な傾向が強まっているアメリカの姿勢への、抵抗の思いもあったのかもしれません。
医学的にわかりにくい点をもうひとつ補足すると、後半でジミーが脳の検査を受けるところがありますが、これは気脳撮影と呼ばれる脳の検査法です。腰に刺した針から空気を脳室に向けて注入し、その空気とのコントラストで脳の異常を検出する、という方法です。CTが開発される以前には、こうした方法で脳腫瘍や水頭症などの診断を行っていたのです。1980年代までは、日本でも時に行われることがあったようで、私も画像を見たことがあります。CTやMRIが普及して以降は、行われなくなった検査です。
非常に繊細で味わい深い映画ですが、その内容を深く理解することは簡単ではありません。ただ、医療者と患者との関係について、本質的な意味で考えさせる部分が多く、薬剤師の皆さんにも、興味を持ってもらえるのではないかと思います。少し予備知識も入れながら、ぜひじっくりと観ていただきたい作品です。
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