西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!
第39回 人体をつくる気・血・津液とは(7)気・血・津液の関係
前回は、気・血・津液のうち、「津液の働き」についてお話しました。今回は、気と血が互いにどう関わり合っているか、についてお話しします。
目次
気・血・津液は、生理的にも病理的にも互いに影響を与えあう関係
気・血・津液はどれも、脾胃(消化器系)が飲食物を消化・吸収してつくった「水穀の精気」からつくられています。3つとも人体を構成するもっとも基本的な物質で、生命活動を維持するために必要不可欠なものです。そして、人体の生理活動を正常にまわすため、気・血・津液は相互に支えあっています。そのため、生理と病理のどちらにおいても、影響を与え合います。
気と血の関係「気は血の帥」・「血は気の母」
体を温める気は「陽」に属し、体を潤す血は「陰」に属します。ここでいう「気と血の関係」は、そのまま「陽と陰の関係」をあらわします。
無形の気は、血などの有形のものにくっつき寄り添うことで存在することができます。形の有るもの(=陰)の中に、形の無いもの(=陽)が宿っているのが、人間の生命です。
気と血のあいだには4つの関係があります。
気が血を生み、血を循環させ、血を固摂する、という3つの“気の血に対する働き”を『気は血の管理者である=気は血の帥(すい/気為血帥)』といいます。
後述する(1)〜(3)がこれにあたります。
また、血が気を載せるなどの血の気に対する働きを『血は気の母である(血為気之母)』といい、(4)がこれにあたります。
(1)気は血を生む(気能生血)
「第34回 人体を作る気・血・津液とは(2)気の働き」でもお話ししたように、血は気の気化作用があってつくられます。
たとえば、飲食物が消化・吸収されて水穀の精気へと変化し、水穀の精気から営気と津液がつくられ、営気と津液から血が生成されます。そのすべての変化に、気の気化作用が関わっています。気が作用しなければ、全身のあらゆる代謝は成り立ちません。
気が充分あれば血をしっかり生み出すことができ、気が弱ければ血を生み出す働きも弱く血虚となります。それゆえ、血虚の治療では、血を補うだけでなく、気を補う方法も併用します。
(2)気は血を循環させる(気能行血)
「陽」に属す気は活発な性質をもち、「陰」に属す血は静かな性質をもちます。血は自力では動けないため、気に推し動かしてもらっています。
それゆえ、人の身体は、気が流れれば血も流れ、気が滞れば血も滞ります。気が不足して気虚になれば、血を推し流す力がなくなって血が流れにくくなります。
また、ストレスなどで気の巡りが悪くなって気滞(気が滞る状態)になれば、血の流れも悪くなります。かんたんに言えば、「ストレスで血行不良が起きる」ということです。
(3)気は血を固摂する(気能摂血)
「摂血(せっけつ)」とは、「気が血を固摂する作用」のことです。詳しくは、第34回の(4)体液や内臓をあるべき場所に保持する 【固摂作用(こせつさよう)】をご覧ください。
(4)血は気を載せる(血能載気)
血は気を運ぶ媒体であると同時に、気に栄養を与える働きもあります。この関係を『血は気の母』といいます。
人体の気は運動量が大きく、血や津液などの有形のものに付着させておかないと、ふわ~っと浮いて散らばってどこかへ行ってしまい、フラフラと身体から抜け出ていってしまいます。無形の気は有形のものにくっつき宿ることで、体内に留めておくことができるのです。
それゆえ、大出血などのように、血を失うと、必然的にそこに宿っている気も一緒に減ってしまいます。
次回は、人体を構成する気・血・津液とは(8)「気と津液の関係・血と津液の関係」についてお話しします! お楽しみに~。
読んでなるほど 中医学豆知識
風邪・インフルエンザにバンランコン
空気が冷えて乾燥する秋冬は、風邪やインフルエンザが流行るシーズン。
この時季になると、漢方薬局の人が毎日必ず飲む生薬があります。その名も、「バンランコン(板藍根)。その薬理作用から、別名「漢方の抗菌・ウィルス薬」とも呼ばれることもあるようです。バンランコンは「板藍根」と書くように、藍染めに使われる植物の根っこの部分です。
『中医臨床のための中薬学(医歯薬出版株式会社)』には、
・板藍根(バンランコン)
【基原】アブラナ科CruciferaeのIsatis tinctoria L.、タイセイI. indigotica FORT.の根。なお中国南部ではキツネノマゴ科AcanthaceaeのリュウキュウアイBaphicacanthes cusia BREMEK.などの根が利用される。
【性味】 苦、寒。
【帰経】 心・胃。
【効能と応用】 (1)清熱涼血解毒
瘟疫(うんえき/インフルエンザ・日本脳炎など)の高熱・頭痛、大頭瘟(だいずうん/顔面丹毒)・胙腮(ささい/流行性耳下腺炎)の腫脹疼痛、爛喉丹痧(らんこうたんしゃ/猩紅熱)などに、薄荷・牛蒡子・連翹・黄芩・玄参などと用いる。 方剤例)普済消毒飲
また、『漢薬の臨床応用(医歯薬出版株式会社)』(一部を抜粋)には、
【薬理作用】 涼血解毒・清利咽喉
(1)抗菌:抗菌スペクトルは広く、多種のグラム陰性・陽性の細菌を抑制する。
(2)抗ウィルス:多種のウィルス感染症に対し治療効果があり、in vitroでインフルエンザウイルスを抑制する。
と記載されています。
漢方の本場、中国ではものすごくポピュラーな生薬で、どの家庭にも常備してあるといっても過言ではありません。漢方薬局にいらした中国人の患者さんは「これ家にあるよ! 中国では、みんなどの家にもあるよ!」と口々におっしゃいます。
インフルエンザなどの感染症が流行る時期には、学校で先生がバンランコンの煎じ液で子供たちのノドにスプレーしたり、子供たちがバンランコンの煎じ液でうがいしたりして、感染症を予防するそうです。もちろん、感染してからの治療にも、他の生薬と組み合わせて、煎じ薬として用いられます。
何年か前に、中国でSARSや肝炎ウィルスが大流行した際にも、バンランコンは病院でも一般家庭でも大活躍しました。バンランコンと通常の抗ウィルス薬・抗生物質(新薬)との大きな違いは、治療だけでなく、日常的に予防にも用いることができるという点です。
日本では健康食品扱いで、エキス顆粒剤やアメに含まれて漢方薬局で取り扱われています。バンランコンはすごく臭くて変な味なのですが、小児科の自費診療で赤ちゃんに用いられることもあり、おいしいキャラメル味にしてくれたメーカーさんもあります。ただし、弱い子宮収縮作用があることから妊婦さんは控えてくださいね。
参考文献:
- ・小金井信宏『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
- ・戴毅(監修)、淺野周(翻訳)、印会河(主編)、張伯訥(副主編)『全訳 中医基礎理論』たにぐち書店 2000年
- ・関口善太『やさしい中医学入門』東洋学術出版社 1993年
- ・王新華(編著)、川合重孝(訳)『基礎中医学』たにぐち書店 1990年
- ・平馬直樹、兵頭明、路京華、劉公望『中医学の基礎』東洋学術出版社 1995年
- ・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
- ・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社2004年
- ・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社1994年