知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第63回 お正月は「お屠蘇」を飲んで邪気払い
お正月の浮かれ気分をあらわす言葉に、「おとそきぶん」という言葉があります。日本には元旦の朝に一年間の健康長寿を願って「屠蘇酒(お屠蘇)」を飲む風習がありますが、皆さまのお宅ではどうされていますか? 私の家では毎年用意して、お正月気分を味わう楽しみのひとつになっています。今回は、この「お屠蘇」についてお話しします。
目次
1.「お屠蘇(屠蘇酒)」は魔よけの薬酒だった!
「お屠蘇(おとそ)」とは「屠蘇酒(とそしゅ)」とも言われ、数種類の生薬が調合された「屠蘇散(とそさん)」を、清酒やみりんに一晩漬けこんで薬効成分と香りを浸出させた薬酒です。
現代では御祝い酒のようなイメージがありますが、原料の「屠蘇散」は漢方処方で、元々は魔よけのためのものでした。「蘇」は悪魔や悪鬼などの悪いもの、「屠」は屠る(ほふる)ことを意味するとされています。つまり「屠蘇」は悪いものを追い出す・やっつける・ぶっとばすというわけです。
2.「屠蘇散」の処方、今と昔
大昔の「屠蘇散」の処方は、トリカブトの根である烏頭(うず)、瀉下薬の大黄(だいおう)など作用の強い生薬が入っていました。本当に、鬼や邪気を追い出すような勢いを持つ、かなり気合いの入った攻撃的な処方です。
「屠蘇散」の処方内容は書物によっても異なり、時代とともに生薬の内容・配合も変化しました。
現代の屠蘇散は、上記した激烈な生薬は一切含まれていませんので、ご安心ください。5~10種類の生薬が和紙パックに包まれていることが多く、効能・味ともに、ソフトにアレンジされておいしく飲みやすくなっています。
味や香りが生薬っぽくて苦手という人と、むしろ好きという人と、好みがけっこう分かれるかもしれません。現代の一般的な「屠蘇散」には、下記のような生薬が配合されていることが多いです。
白朮(びゃくじゅつ):
キク科 オケラの根茎:補気健脾、燥湿作用
桔梗(ききょう):
キキョウ科 キキョウの根:祛痰、排膿作用
山椒(さんしょう):
ミカン科 サンショウの果皮:散寒止痛作用、健胃作用
防風(ぼうふう):
セリ科 トウスケボウフウの根:散風解表作用
※防風は、日本に自生する浜防風(北沙参)で代用することもあります
浜防風/北沙参(はまぼうふう・きたしゃじん):
清肺養陰、益胃生津作用
肉桂/桂皮(にっけい・けいひ):
クスノキ科シナニッケイの樹皮:補火助陽、温通経脈、散寒止痛作用
陳皮(ちんぴ):
ミカン科 ウンシュウミカンの果皮:気を巡らせる、健胃作用
丁子(ちょうじ):
フトモモ科 チョウジの蕾:温中散寒、健胃作用
全体的に、芳香性のある生薬、健胃作用のある生薬が多く、香りで邪気を祓い、からだ全体と消化器系を温め、脾胃(消化器系)の働きを助け、気を巡らせ、寒気から始まるカゼの予防にも効果的な生薬が配合されていることが多いですが、地域や製造主によってアレンジされており、調合はさまざまです。
3.現代に浸透する「屠蘇散」
私の薬局に、お正月をとうに過ぎても何度も何度も「屠蘇散」を買いに来られた年配の男性がいらっしゃいました。かれこれ1カ月が過ぎたころ理由をおたずねしたところ、「屠蘇散を飲んでから、身体があたたまって毎年この時期ひいていたカゼをひかなくなった。それで続けてるの!」とのこと。屠蘇散の効能を実生活で活用している方がいると知って感動しました。
ちなみに、「屠蘇散」に含まれるオケラ(朮:じゅつ)は、京都・八坂神社にて大晦日~早朝にかけて無病息災・厄除けを祈願する白朮詣(をけらまいり)、白朮祭(をけらさい)で使用される生薬でもあります。オケラは古くから庶民の生活に溶け込んでおり、薬としてだけでなく、湿気よけ・カビよけ・虫よけ・邪気祓いなどに用いられてきました。
4.浸すだけ! 現代版 「お屠蘇」の作り方
「お屠蘇」は日本酒または本みりんに「屠蘇散」を浸して作ります。「屠蘇散」は12月になるとスーパーやドラッグストアなどで売られているのを見かけます。漢方薬局の「屠蘇散」は老舗の生薬メーカーのものが置かれていることが多いです。メーカーによって配合生薬が異なり、味や香りもさまざま。毎年違うメーカーを試してお気に入りを見つけるのもいいでしょう。
「お屠蘇」の完成にはひと晩かかるので、元旦の朝にできあがるように逆算して12月31日に仕込みましょう。良質な日本酒・本みりんを使うのが、おいしく作るためのポイントです。
■屠蘇散…1袋
■【A】日本酒・本みりん…合わせて約300ml
・日本酒だけ、本みりんだけ、あるいは日本酒:本みりん=1:1など、好みで配合してください。
・甘党の人は本みりんの比率を多めに入れましょう。
・味と香りを薄めに酒量を多く作りたい時は、400~500mlなど多めのアルコールにします。
・味と香りを濃いめに酒量を少なく作りたい時は、300mlより少ない量にしましょう。
(1)コップやビンなどの容器に【A】を注ぎ、屠蘇散を袋のまま浸します。
(2)フタかラップをして冷蔵庫に入れ、ひと晩(10時間程度)置きます。
※味と香りを薄めにしたい時は短めに、濃くしたい時は長めに(ふた晩など)。
(3)袋を取り出して出来上がり。
ちなみに、我が家は大人数分作るので、屠蘇散2袋を、純米酒:三河みりん=2:1の割合で合わせたもの合計400mlに、邪道かもしれませんがふた晩じっくり漬けることで味と香りが濃い目のお屠蘇を作って、いただいています。元旦の朝に一家そろって、年少者から年長者へ飲み回すのが慣わしとされています。今年のお正月はぜひお試しください!
参考文献:
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2006年
・惠木弘(著)、戴銘錫(著)、(株)東洋薬行(監修)『地道薬材』樹芸書房 2007年
・李, 獻璋(著)「屠蘇飲習俗考」東洋史研究會 1975年
・藤平健・山田光胤(監修)、日本漢方協会(編集)『改訂三版 実用漢方処方集』じほう 2006年
・孫思邈(著)『備急千金要方』人民衛生出版社 1982年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・丹波康朝(著)、日本古医学資料センター・社会福祉法人桜雲会(編集)『医心方』出版科学総合研究所 1985年