薬にまつわるエトセトラ 公開日:2026.01.08 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第135回

高市政権が目指す創薬力の強化…3300億円の政策パッケージの内容とは?

 

「創薬の地」は創れるか

2025年12月、小野田紀美・健康・医療戦略担当大臣は、日本を「創薬の地」とするための、事業規模で約3300億円(政府からの直接支出は約1800億円)となる政策パッケージを発表しました。今後重点的に投資する分野の一つとして創薬を挙げている、高市早苗首相の方針に沿ったものです。
 
参考:小野田大臣記者会見(令和7年12月2日)|政府広報オンライン
参考:創薬力強化に向けた総合経済対策における対応(令和7年度補正予算)|内閣府
 
個別施策としては、創薬基盤の整備、スタートアップ・実用化支援、国際競争力のある治験環境の整備、ドラッグ・ロスの解消、感染症危機管理、データ利活用促進、サプライチェーン強靭化などが挙げられています。また、後発医薬品の安定供給についても、これらと別枠で資金が投じられる予定となっているようです。
 
このうち、ドラッグ・ロスについては前回も書きましたし、他のテーマも本連載で何度も取り上げてきたものです。いずれも、現状の医薬品業界にとって重要な課題であり、政府としてきちんと現状認識がなされていると思えます。

 

 

ただ、やはり今回の施策のメインは、創薬ベンチャーの育成と、そのための環境整備ということになるでしょう。前回述べた通り、海外では新薬開発の担い手が小規模なバイオベンチャーに移行しています。日本はここが弱いことが長らく指摘されており、我が国の製薬業界が遅れを取る根本原因となっています。
 
これが、いわゆるドラッグ・ロスにもつながっていますし、年間4兆円超という巨額の医薬品貿易赤字の要因でもありますから、重要視するのは当然ともいえるでしょう。コロナ禍で露呈した、感染症に対する危機管理の弱さを補強するためにも大事なポイントです。
 
今回の政策の特徴としては、ベンチャー育成といっても、特定の有望な企業を支援していくといったスタイルではなさそうなところです。ベンチャーが現れ、成功あるいは失敗してまた次のベンチャーが現れ、というエコシステムを作りたいという意図が読み取れるように思います。

 

政策に対する評価

この政策に対するネットでの声を拾ってみると、やはり肯定的なもの、否定的なものの両方の評価が入り混じっているようです。積極的な投資策を歓迎する声もあれば、一剤開発するのに1500億円かかる業界で、3300億円程度を投入しても意味がないといった意見も出ていました。米国国立衛生研究所(NIH)の年間投資額(予算)は年間7兆円規模ですので、これに比べればずいぶん少なく見えるのは確かです。
 
ただし後者の意見は、少々的を外した物言いかという気もします。確かに、特定の医薬を政府の予算で最後まで開発するなら、たった2剤の開発で終わってしまいます。しかしこの政策が意図しているのは、初期段階での比較的少額の資金が必要なベンチャーを、多数育成することです。
 
言ってみれば、少ない完成品を作ることを目指すのではなく、多品目の未完成品を送り出すための資金だといえます。創薬において大切なのは試行回数を増やすことですので、その意味では使い方次第で意義のある資金になりうる額だと思えます。

 

過去の事例、成功の条件

否定的な意見として、過去にも何度かこうした投資はなされてきたが、目立った成果は得られていない。今回も業界の一部を太らせるだけの無駄な資金に終わるのではないか、といった声もありました。
 
確かに、これまでにも様々な形で、バイオベンチャー育成を目指した計画は実行されてきました。しかし日本発の創薬ベンチャーの成功例は残念ながらいまだ少なく、新薬にまで結びついたものはさらに少ないというのが現状です。
 
21世紀に入って、多くのノーベル賞が日本人科学者に与えられているのを見てもわかる通り、日本の科学の水準は十分世界に伍して戦える水準にあります。

 

 

筆者の見るところでは、産業界でも人材の質と量は決して欧米に負けていません。にもかかわらず、資金投下が成果に結びついていない原因は何か。
 
ひとつには、創薬という長期プロジェクトと、政府の予算体系の食い合わせの悪さかと思われます。創薬という営みには10年、20年という時間がかかりますが、政府のプロジェクトは数年程度で終わってしまいます。政策が「点」で終わってしまい、「線」にならないというところに問題があると思えます。
 
小野薬品のオプジーボや、多くの抗体医薬を送り出している中外製薬などの成功例を見ると、やはり独創性プラス長期の投資が実った結果といえます。こうした例を見てしっかりと分析を行い、長期的な支援を行えるかが、今プロジェクトの成功の鍵を握りそうです。

 

 

論文数や起業数といった短期的な成果にとどまらず、長期的な評価を行えるシステムを作れるか。失敗例を許容して、優れた人材を育成し、それが循環するベンチャーのエコシステムを構築できるか。創薬自体を支援するのではなく、いかに創薬産業を設計するか。10年、20年後に素晴らしい成果が生まれることを、心から期待するものです。

患者さんへの対応から
実務に役立つ知識まで
すべて無料で視聴可能!
\薬剤師のスキルアップにおすすめ/

 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。