薬剤師国家試験は薬剤師なら誰もが必ず通った道。毎年、試験の難易度や合格率が話題になりますが、国試は“現役薬剤師”として基本的な知識を再確認するチャンス。橋村先生の解説で、国家試験の過去問を「おさらい」しましょう!
現在、移転先の地下階層部分に溜まった水が問題となっている豊洲。この水が「地表水か地下水か」で、どれだけのことが問題となるのでしょうか。そもそも原水を構成している、いわゆる水の基準とは? 検出されても問題ない成分とは? 検出されないとはどういうことなのか? ――これらを正しく理解して、薬剤師としての公衆衛生への正しい取り組みと理解を深めていきましょう。
【過去問題】
問184(病態)
環境中の水に関する記述のうち、正しいのはどれか。2つ選べ。
- 1 水圏は、生態系の構成要素のひとつである。
- 2 海洋は、地球表面の約 90%を占める。
- 3 地球に存在する海水と淡水の質量比率は約 4:1である。
- 4 表層水は、地下水に比べ、我が国では水道水源としての取水量が多い。
- 5 地下水は、表層水に比べ、自浄作用が強く汚染されにくい。
1、4
解説
- 1:生態系とは、水圏・地圏・気圏へ生物圏を加えたものを表します。
- 2:地球表面のうち、海洋は約70%を占め、残り約30%が陸地です。
- 3:地球に存在する海水が約96%を占め、残り約4%が淡水です。
- 4:水道水源の割合は、ダム水が約47%、河川水が約25%、地下水が約20%です。
- 5:自浄作用とは2つの側面から成り立っています。ひとつは「好気的微生物などによる生物学的作用」、もうひとつは「希釈・沈殿などの物理的作用、酸化・還元作用などの化学的作用」です。酸素が少ない地下水では、自浄作用の中で効力を持つ生物学的作用が発揮されません。そのため、自浄作用は強くはないといえます。
– 実務での活かし方 –
まず地表水(河川や小湖沼など)と地下水の組成の違いを、以下の表にて確認しておきましょう。
細菌汚染 | 有機化合物 | 無機化合物 | 硬度 | |
---|---|---|---|---|
地表水 | 多い | 多い | 少ない | 低い |
地下水 | 少ない | 少ない | 多い | 高い |
※有機化合物の例:トリハロメタンなど
※無機化合物の例:水銀、シアンなど
水道の原水となる地表水は、地下水と比較すると細菌に汚染されていることが多くあります。そのため、より厳格な水質管理が必要となります。
続いて、今回の豊洲における報道以外でも、工場事故や河川の決壊などによる汚濁の発生時によく耳にする「環境基準」と「水質基準」について、その類似点と相違点をしっかり確認しておきましょう。
環境基準と水質基準の定義
・環境基準
環境基本法に基づき、「公共用水」と「地下水」の2つに分けて、水質汚濁の環境基準が設けられています。そのうち公共用水の水質汚濁の環境基準についてはさらに細分化された基準が設定されています。人の健康の保護に関する環境基準(水質基準内にもある27項目と同様)と、生活環境の保全に関する環境基準(河川、海域などさらに細分化)に分けられています。
※参考:環境省「水質汚濁に係る環境基準」
・水質基準
「水質基準」については、水道法第4条に基づいて、環境基準よりさらに多くの管理項目が定められています。その数は健康項目31項目と生活上支障関連20項目にも及びます。
さらに水質基準以外にも水質管理にあたって確認すべき項目として「水質管理目標設定項目」があり、これには健康関連13項目と生活上支障関連13項目が存在します。
そして、毒性評価が不明瞭である項目は「要検討項目」とされ、47項目によって情報を収集、管理されています。
※参考:厚生労働省「水道水質基準について」
事例
まず監視されている項目に注目すると、基本的には水質基準と環境基準はほぼ同じです。異なる部分は、水質基準のみに一般細菌の基準値が定められ、環境基準のみにPBCの基準値が定められているということ。また大腸菌に関しては、当然ながら水質基準によって監視されていますが、環境基準では河川や海域に関してのみ監視される項目となっています。
ここで注意したいのは、これらの基準に出てくる「検出されないこと」という表現。これはゼロということではなく、規定の方法で測定した結果、定量限界を下回っていることを指します。一般的なゼロを指す場合は「不検出」と表現されます。
では、豊洲の件を確認してみましょう。主な3街区における2016年9月末日までの採水結果は、シアン化合物、6価クロム、水銀、カドミウムは継続して不検出でした。
採水地点 | 採水日 | ベンゼン | 鉛 | ヒ素 |
---|---|---|---|---|
基準値 0.01mg/l以下 |
基準値 0.01mg/l以下 |
基準値 0.01mg/l以下 |
||
5街区 | 2016/9/14 | 不検出 | 0.001mg/L | 0.005 |
2016/9/28 | 0.014/0.011 | 不検出 | 0.019 | |
6街区 | 2016/9/14 | 不検出 | 不検出 | 0.002 |
7街区 | 2016/9/14 | 不検出 | 不検出 | 不検出 |
参考:
東京都公式ホームページ「豊洲市場地下ピット内の水質調査の結果」
豊洲市場用地における地下水のモニタリング(第8回)の結果について(速報)
しかし、採水地点によっては上記の表のようにベンゼンや鉛、ヒ素が検出され、特にベンゼンやヒ素は基準値を超えた結果も出ました。この結果だけで判断すると、この場所の現時点での水質は問題となります。
しかしそもそも基準値とは年間の平均値であり、かつ生涯にわたり連続的な摂取をしても人の健康に影響が出ない水準を基にした値です。そのため、一度の検査で基準値を超えた結果が出た場合でも、少なくとも1年を通した結果を見てみなければ、正しい評価とはならないことになります。
世論は基準値を超えた超えないで一喜一憂してしまいますが、公衆衛生を学んだ薬剤師は冷静に事の次第を見極め、適切な管理体制の元での調査結果を確認したうえで評価するよう、心がけましょう。