1.「フォーミュラリ」とは?
フォーミュラリとは、日本において厳密な定義がないものの、一般的には、「医療機関等において医学的妥当性や経済性等を踏まえて作成された医薬品の使用方針」を意味します。
一方、アメリカではすでにフォーミュラリが運用されており、米国病院薬剤師会によって以下のように定義されています。
「疾患の診断、予防、治療や健康増進に対して、医師をはじめとする薬剤師・他の医療従事者による臨床的な判断を表すために必要な、継続的にアップデートされる薬のリストと関連情報」
参照:個別事項(その1)医薬品の適切な使用の推進(中医協 総1-1 3.7.21)|厚生労働省
アメリカにおけるフォーミュラリは、薬のリストに加え関連情報が併記され、医療従事者がより良い判断ができるよう工夫されています。日本においても、フォーミュラリに関する研究や教育を推進させることを目的として、日本フォーミュラリ学会が設立されました。
フォーミュラリには、目的に応じてリストアップされた医薬品に対して、それぞれの違いや有効性・安全性、推奨理由などが記載されており、その作成には、医師、薬剤師、他の医療従事者が臨床的に判断したデータが用いられます。
フォーミュラリを取り入れることで、医師が専門領域外の疾患に対する処方の判断に迷った時や、医療従事者が医師の治療方針を確認する時などに役立ちます。
1-1.具体的なフォーミュラリの例
では、どのようなシーンでフォーミュラリが活用されているのでしょうか。例えば、2021年4月時点で、ARB薬には7種類ありますが、日本高血圧学会などのガイドラインには、具体的な使い分けが明記されていません。
そのため、医師の知識や経験によって使用する薬物を選択しているのが現状です。医師によっては、専門領域以外の薬剤の選択に迷うこともあるでしょう。このような時に役立つのがフォーミュラリです。
ここで、実際に活用されているフォーミュラリの例を見てみましょう。一般社団法人日本フォーミュラリ学会が紹介しているARB(アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬)のフォーミュラリには、以下のような内容が記載されています。
推奨 | 第1推奨 | 第2推奨 | ||
一般名 | テルミサルタン | オルメサルタン メドキソミル | カンデサルタン シレキセチル | アジルサルタン |
標準 1日薬価 |
GE:12.7~27.3円 先発:87.1円 (40mg/日) |
GE:16.2~29.8円 先発:86.9円 (20mg/日) |
GE:17~45.1円 先発:99.7円 (8mg/日) |
GE:なし 先発:140.2円 (20mg/日) |
効能効果 | 高血圧症 | 高血圧症 | ①高血圧症 ➁腎実質性高血圧症 ③ACE阻害薬が適切でない慢性心不全(軽症~中等症) |
高血圧症 |
用法 | 1日1回 経口投与 |
1日1回 経口投与 |
1日1回 経口投与 |
1日1回 経口投与 |
用量 | 1回40mg (最大:80mg) |
1回10~20mg (最大:40mg) |
①の場合:1回4~8mg (最大:12mg) |
1回20mg (最大:40mg) |
(※一部抜粋)
参照:モデル・フォーミュラリ | 一般社団法人日本フォーミュラリ学会
ほかにも、代表的な製品名や半減期、特徴などが記載されており、患者さんの症状や病態に合わせて薬が選択できるように工夫されています。
また、一般社団法人日本フォーミュラリ学会では、ARB以外に、ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬やグリニド系糖尿病薬などのフォーミュラリも作成されており、会員限定で公開されています。
1-2.フォーミュラリの種類
フォーミュラリは共有するコミュニティによって呼び名が変わります。病院やクリニックなどの医療機関で作成する場合は「院内フォーミュラリ」、地域で作成する場合は「地域フォーミュラリ」と呼び、それぞれ以下のように特徴が異なります。
院内フォーミュラリ | 地域フォーミュラリ | |
作成者 | 院内の医師や薬剤師 | 地域の医師(会)、薬剤師(会)、中核病院 |
ステークホルダー (意思決定者) |
少ない (理事長・オーナー、薬剤部長など) |
多い (診療所、薬局、中核病院、地域保険者、自治体など) |
管理運営 | 病院薬剤部 | 薬剤師会(医師会) |
難易度 | 易 | 難 |
地域の医療経済への影響度 | 小さい | 大きい |
出典:個別事項(その1)医薬品の適切な使用の推進(中医協 総1-1 3.7.21)|厚生労働省
フォーミュラリは、参考にする医療機関や医療従事者の規模によって、作成に関わる人や作成の難易度などが異なりますが、いずれにおいても、薬剤師が中心となってフォーミュラリ作成に取り組むこととされています。
🔽 地域フォーミュラリについて詳しく解説した記事はこちら
2.フォーミュラリのメリットと課題
医療機関や地域でフォーミュラリを取り入れると、さまざまなメリットがあります。その一方で、フォーミュラリを作成し、運用するには課題も残っています。それぞれについて見ていきましょう。
2-1.フォーミュラリを取り入れるメリット
フォーミュラリを取り入れることで、標準的な薬物治療を推進できるのが大きなメリットです。先にもお伝えしたように、医師が専門分野外の疾患について処方しなければならない時に、フォーミュラリがあれば処方薬を選択する上で参考となるでしょう。処方薬の選択にかかる時間も短縮されるため、業務の効率化にもつながります。
また、フォーミュラリにリストアップされる医薬品は、有効性や安全性だけでなく、経済的な面も含めて選定が行われます。採用医薬品を絞ることで、コスト削減の効果も期待できるでしょう。
地域にフォーミュラリが取り入れられると、入院診療を行う病院と退院後の外来診療を行う診療所の間で、使用する薬剤が異なるといったことが回避できます。調剤時の取り間違えといったリスクも軽減するため、医療の有効性、安全性、経済性において、多くのメリットがあると言えます。
2-2.フォーミュラリの作成・運用を進める上での課題
2020年度に行われた「病院フォーミュラリーの策定に係る標準的手法開発および地域医療への影響の調査研究」によると、地域フォーミュラリについての意識調査で、医師には次のような懸念点があることが分かりました。
● 「経済面が最優先されている」
● 「後発品を否応なく使用させられる」
また、本調査から、院内フォーミュラリを作成している医療機関の約9割が、地域の診療所や薬局などと連携できていないことが分かりました。さらに、医療機関が独自に作成した院内フォーミュラリを地域の診療所などに開示した場合について、次のような意見があったと報告されています。
● 「病院が勝手に決めた薬剤を診療所では処方しない」
地域フォーミュラリを普及させるためには、医師や薬剤師などの医療関係者にフォーミュラリを正しく理解してもらうことはもちろん、作成時から地域の診療所や病院、薬局といったステークホルダーとの連携が必要でしょう。また、処方医への広報活動や診療報酬上の評価に加え、薬剤の選定基準やフォーミュラリの改定頻度、作成者の中立性などを明確にすることも大切です。
参照:病院フォーミュラリーの策定に係る標準的手法開発および地域医療への影響の調査研究|厚生労働科学研究成果データベース
3.フォーミュラリ導入の事例
フォーミュラリを導入した医療機関や地域の事例を見ていきましょう。厚生労働省が発表している「医薬品の効率的かつ有効・安全な使用について(中医協 総-4-4 元.6.26)」を参考に紹介します。
参照:医薬品の効率的かつ有効・安全な使用について(中医協 総-4-4 元.6.26)|厚生労働省
3-1.【院内フォーミュラリ】浜松医科大学医学部附属病院の事例
浜松医科大学医学部附属病院では、経済面だけでなく、採用している薬剤の治療効果や注意点などを評価後、院内フォーミュラリを作成しています。事前に薬剤の評価をすることで、経済面に加え、質と安全性の高い薬物治療を効率的に実施できるよう努めています。
また、院内部門や委員会、診療科、薬剤部といったさまざまな職種や立場の医療従事者と連携して作成していることから、あらゆる視点で薬剤を評価し、フォーミュラリとして推奨する薬剤を選択しているのも特徴です。
浜松医科大学医学部附属病院では、以下のような薬効群のフォーミュラリを作成しています。
● 抗インフルエンザウイルス薬
● 経口抗菌薬
● 広域スペクトラム抗菌薬
● 抗MRSA薬
● 整腸剤
● ヘルペスウイルス治療薬
● インフリキシマブ製剤
ほかにも、オピオイドやプロトンポンプ阻害薬などのフォーミュラリを作成し、標準薬物治療の推進に努めています。
3-2.【院内フォーミュラリ】聖マリアンナ医科大学病院の事例
聖マリアンナ医科大学病院では、「重症例や難治症例に対しての有用な新薬を使用できる環境を維持するため、既存治療のある薬剤は費用対効果を重視。」を目的として、フォーミュラリを作成しています。
同院では、フォーミュラリ小委員会を設置し、薬事医院長(副病院長)、診療科薬事委員(6名)、病棟薬剤師(6名)、医薬品情報科薬剤師(1名)で構成されています。同種同効薬のある新薬を採用する場合に委員会を通して審議を行います。
● PPI注射薬
● H2遮断薬
● αグルコシダーゼ阻害薬
● グリニド系薬
● スタチン系薬
● ACE阻害薬/ARB
● ビスフォスホネート剤
聖マリアンナ医科大学病院では、このような薬効群のフォーミュラリを作成しています。
3-3.【地域フォーミュラリ】日本海ヘルスケアネットの事例
山形県酒田市の地域医療連携推進法人である日本海ヘルスケアネットは、病院機構や医師会、薬剤師会などと連携して、病院や診療所などが活用できる地域フォーミュラリを作成しています。
地域医療連携推進法人とは都道府県知事が認定している法人で、地域における医療機関がお互いに機能を分担したり業務を連携したりできるようサポートすることを目的とした一般社団法人です。
日本海ヘルスケアネットが地域フォーミュラリの作成するための運営フローチャートは以下です。
● 【ステップ2】地域フォーミュラリ作成運営委員会でフォーミュラリの作成
● 【ステップ3】地域フォーミュラリ協議会で審議
● 【ステップ4】理事会(地域医療連携推進法人日本海ヘルスケアネット)の承認
まずは、地域フォーミュラリ検討会で薬局薬剤師や病院薬剤師が薬剤の選定を行い、地域フォーミュラリ作成運営委員会で、医師会長や薬剤師会長、総合病院長などが地域フォーミュラリの作成を行います。
その後、地域フォーミュラリ協議会で審議され、理事会で承認される流れです。院内フォーミュラリに比べて、地域フォーミュラリは作成にさまざまな人が関わっているのが特徴でしょう。
4.フォーミュラリに関わる診療報酬はある?
フォーミュラリに関わる診療報酬は執筆時点(2023年2月)ではありません。前述した通り、日本におけるフォーミュラリの定義はまだ明確になっておらず、医療機関や地域が作成するための指標となるガイドラインも試案の段階のようです。
中央社会保険医療協議会では、診療報酬に取り入れるかどうかについても協議されており、今後の方針は未定です。執筆時点では、フォーミュラリは議論の段階であるため、診療報酬として評価されるのは、まだ先になるのではないでしょうか。
参照:2021年7月21日 中央社会保険医療協議会 総会 第484回議事録|厚生労働省
🔽 調剤報酬について詳しく解説した記事はこちら
5.フォーミュラリ作成・普及において薬剤師に期待される役割
薬剤師は、薬のスペシャリストとして、日々さまざまな効能効果を持つ薬剤を扱い、常に最新の医薬品情報を得やすい業種です。また、患者さんから薬剤の効果や使用感などを直接聞き取れる薬剤師は、フォーミュラリを作成する上で不可欠な存在と言えます。
フォーミュラリの作成に取り掛かる医療機関や地域が増えると、今後、活躍の場が広がることが予想されます。薬剤師は、より多くの知識を習得し、知見を広げることが求められます。
🔽 薬剤師の勉強法について詳しく解説した記事はこちら
6.フォーミュラリに関する今後の動向に注目を
フォーミュラリは、定義やガイドラインが定まっておらず、執筆時点(2023年2月)では議論の段階です。しかし、日本フォーミュラリ学会の設立や中医協の協議会で議論に上がるといったことから、日本でもいずれは運用のためのガイドラインや指針などが作成されるでしょう。
薬剤師は、院内の他業種や地域の医療機関、薬剤師会などとの連携を今以上に強化し、フォーミュラリの作成に向けて準備しておくとよいでしょう。
執筆/秋谷侭美(あきや・ままみ)
薬剤師ライター。2児の母。大学卒業後、調剤薬局→病院→調剤薬局と3度の転職を経験。循環器内科・小児科・内科・糖尿病科など幅広い診療科の経験を積む。2人目を出産後、仕事と子育ての両立が難しくなったことがきっかけで、Webライターとして活動開始。転職・ビジネス・栄養・美容など幅広いジャンルの記事を執筆。趣味は家庭菜園、裁縫、BBQ、キャンプ。
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