災害発生時、被災地の薬事関連業務を支えるキーパーソンとして注目されているのが「災害薬事コーディネーター」です。医薬品の供給や薬剤師の配置調整、衛生面での支援などを通じて、被災地の薬事関連における課題解決を担います。2025年3月には厚生労働省から災害薬事コーディネーターの活動要領が公表されており、全国的に育成が強化されつつあります。本記事では、災害薬事コーディネーターの役割や災害医療コーディネーターとの違い、研修の内容、なるための方法などについて解説します。災害薬事コーディネーターに興味がある方や、薬剤師の専門性を生かして災害支援に貢献したい方は参考にしてください。
1.災害薬事コーディネーターとは?
災害薬事コーディネーターとは、災害発生時における薬事関連の課題解決を担う薬剤師のことです。被災地での医薬品供給や衛生管理などを円滑に進めるため、都道府県が設置する保健医療福祉調整本部や、保健所、市町村における保健医療活動の調整などを担う本部に配置されます。
2025年3月、厚生労働省は災害薬事コーディネーターの運用や活動内容などの基本的事項を明確にするため「災害薬事コーディネーター活動要領」を公表しました。
同要領では、都道府県の本部に配置される者を「都道府県災害薬事コーディネーター」、市町村や保健所の本部に配置される者を「地域災害薬事コーディネーター」と呼称し、平時からの準備や災害対応における役割を示しています。
2025年3月31日時点で、1,052名が災害薬事コーディネーターに任命されています。
参考:各都道府県における災害薬事コーディネーターの任命状況|厚生労働省
1-1.災害医療コーディネーターとの違い
災害薬事コーディネーターと混同されやすいのが、「災害医療コーディネーター」です。両者はともに災害時に保健医療体制を支える役割を担いますが、主に対応する領域が異なります。
「災害医療コーディネーター」は、被災地における保健医療ニーズの把握や医療チームの派遣調整に関する助言など、医療活動全般の調整を目的とした役割を担います。一方の「災害薬事コーディネーター」は、医薬品の供給や薬剤師の配置調整、薬事・衛生情報の把握・調整など、薬剤師としての専門性を生かした対応を行うことが主な役割です。
災害薬事コーディネーターと災害医療コーディネーターは、いずれも都道府県の保健医療福祉調整本部や保健所、市町村で保健医療活動の調整などを担う本部に配置され、災害時の円滑な医療支援体制の構築に関わりますが、「災害薬事コーディネーター」は薬事に関する専門的な立場である点が大きな違いといえるでしょう。
参考:災害薬事コーディネーター活動要領|厚生労働省
2.災害薬事コーディネーターの役割
災害薬事コーディネーターは、災害発生時に薬剤師の専門性を生かして、医薬品の供給や衛生管理、薬剤師の配置調整など多岐にわたる支援活動を行います。災害薬事コーディネーターの具体的な役割は、以下のとおりです。
● 被災状況の情報収集と分析
● 人的・物的支援の調整
● 患者搬送や医薬品輸送のサポート
● 記録の作成と共有
● 平時における支援体制構築の支援
「災害薬事コーディネーター活動要領」や「薬剤師のための災害対策マニュアル」をもとに、各役割について詳しく紹介します。
2-1.災害時における組織体制構築の支援
災害発生時、災害薬事コーディネーターは都道府県の保健医療福祉調整本部や、保健所または市町村の保健医療福祉活動の調整を担う本部において、他の医療コーディネーターと連携しながら薬事に関する助言・支援を行います。
例えば、調整本部内での役割分担の明確化や薬剤師の派遣体制、医薬品等の供給体制などについて協議します。災害医療コーディネーターや小児周産期リエゾンとの協働も重視され、薬事の視点から体制整備を支えるキーパーソンとしての役割が期待されます。
2-2.被災状況の情報収集と分析
災害薬事コーディネーターは、被災地域における医療機関や薬局の被災・復旧状況、避難所での医療・衛生ニーズなどの情報を収集・分析し、支援活動に生かす役割を担います。
そのほか、モバイルファーマシーの稼働状況や医薬品・衛生資材の在庫状況などを把握し、医薬品供給体制の調整に関わります。被災地における情報はEMIS(広域災害救急医療情報システム)を活用して共有され、必要に応じて支援の優先順位や人的資源の配置にも反映されます。
2-3.人的・物的支援の調整
薬剤師の配置調整や物的資源の供給支援など、人的・物的支援の調整も災害薬事コーディネーターの重要な役割です。被災地域に派遣される薬剤師は、調剤所で処方箋の回収や調剤業務、調剤した薬の交付、服薬指導などを行います。
災害薬事コーディネーターは、こうした業務に対応できる人員の確保や配置先の調整、必要な物的資源(医薬品や資機材)の供給体制の構築に携わります。
時には、活動中の医療チームの再編成や今後の支援計画の見直し、他都道府県からの支援の調整など、時間経過に応じた柔軟な対応が求められることもあるでしょう。また、被災地の復旧状況に応じて、段階的に支援を縮小・終了する判断にも関与します。

2-4.患者搬送や医薬品輸送のサポート
災害時には、患者さんの広域搬送や医薬品の緊急輸送が必要になる場面も多く、災害薬事コーディネーターはその調整役としても機能します。搬送の要否や緊急度、搬送先、搬送手段などの情報を収集・整理し、消防機関などと連携を取り搬送手段を確保するサポートを行います。
特に、広域的な調整が必要な場面では、搬送元と搬送先のコーディネーター同士の連携が求められます。
2-5.記録の作成と共有
災害時の活動記録の作成と情報共有も、災害薬事コーディネーターが果たすべき役割です。時間の経過とともに状況は変化するため、その経過を正確に記録することが重要です。正確な記録を残しておくことで、振り返り時に課題が見つかり、今後の対策立案をより充実したものにすることができます。
また、EMISを通じたデータ共有や保健医療福祉調整本部への報告を行い、他機関との情報連携を促します。加えて、自身の活動記録を残しておくことで、災害対応におけるノウハウの蓄積にもつながるでしょう。
2-6.平時における支援体制構築の支援
災害薬事コーディネーターは、災害発生時だけでなく、平時から都道府県の医療提供体制や薬事・衛生面の課題を把握し、必要に応じて助言を行います。
具体的には、地域防災計画や医療計画の見直し時に専門的立場から意見を述べたり、災害医療対策会議に出席したりします。また、行政が医薬品や医療機器などの供給業者、関係団体と連携を構築する際にも、薬剤師の視点から助言を提供します。
🔽 災害時の薬剤師の役割について解説した記事はこちら

3.災害薬事コーディネーターになるには
災害薬事コーディネーターになるには、各都道府県からの任命を受け、協定を締結しなければなりません。協定には、災害発生時の招集方法や担当業務、活動にかかる費用や事故への補償、任期などが明記されており、これに基づいて正式な役割が与えられます。また、災害薬事コーディネーターに任命される際、地方公務員としての身分を付与されることもあります。
さらに、薬剤師の勤務先となる医療機関や薬局などの所属先についても、都道府県との協定の締結が必要です。薬剤師本人との協定と同様、招集方法や活動費用、任期・身分に関する内容が含まれており、所属先の協力を得ながら活動できる体制を整備します。
参考:災害薬事コーディネーター活動要領|厚生労働省
4.災害薬事コーディネーターの研修
災害薬事コーディネーターとして活動するには、薬剤師としての基礎知識・スキルに加え、災害医療に関する専門的な知見と実践的な能力が求められます。災害時には通常の業務と異なる状況判断や連携対応が必要となるため、平時からの研修が欠かせません。
各都道府県では災害薬事コーディネーターの養成と能力向上を目的に、研修事業を実施しています。「薬剤師のための災害対策マニュアル」では、災害薬事コーディネーターの標準的研修について一般目標と到達目標が示されています。
具体的には、医療救護活動の基本であるCSCATTTや医薬品の管理方法、保健医療調整本部における活動内容など、災害薬事コーディネーターに求められる基礎知識から実践スキルまで幅広い内容が含まれます。
研修スタイルは、都道府県によってさまざまです。「薬剤師のための災害対策マニュアル」では、実災害を想定したシナリオ型演習を取り入れ、初動対応から情報収集、薬剤師の配置調整までを疑似体験する実践形式の研修を行った岡山県の事例などが紹介されています。
昨今は、全国的に災害薬事コーディネーターの養成に向けた取り組みが強化されています。例えば、埼玉県や岐阜県では、2025年度から災害薬事コーディネーター養成事業が新設されました。特に埼玉県では約261万円を確保し、薬剤師災害リーダーや地域薬剤師災害リーダーの育成研修を行うなど、災害時に現場で対応できる薬剤師の育成が進められています。
関連ニュース:災害時の薬供給体制強化~調整役担う薬剤師養成へ

5.災害薬事コーディネーターとして、薬剤師の専門性を災害支援に生かそう
災害薬事コーディネーターとは、災害発生時における薬事関連の課題解決を担う薬剤師です。医薬品の供給や薬剤師の配置調整、衛生面の管理などを通じて、被災地の医療体制を支える重要な役割を担います。医療活動全体を調整する災害医療コーディネーターなどと協力しながら、薬剤師としての専門知識を活用して調整・支援を行うことになります。
組織体制の構築支援、被災情報の収集・分析、人的・物的支援の調整、患者や医薬品の搬送支援など、災害対応のさまざまな場面で活躍が求められます。また、平時から医療体制の整備や関係機関との連携に関与するのも重要な役割のひとつです。
さらに、各都道府県では養成やスキル向上のための研修が実施されています。昨今は全国的に養成事業が強化されており、災害時に現場で対応できる薬剤師の育成が進められています。
薬剤師としての経験を災害支援に生かすことは、地域医療への貢献につながります。もしものときに頼られる薬剤師になるために、災害薬事コーディネーターという道を選択肢のひとつとして考えてみてはいかがでしょうか。

執筆/篠原奨規
2児の父。調剤併設型ドラッグストアで勤務する現役薬剤師。薬剤師歴8年目。面薬局での勤務が長く、幅広い診療科の経験を積む。新入社員のOJT、若手社員への研修、社内薬剤師向けの勉強会にも携わる。音楽鑑賞が趣味で、月1でライブハウスに足を運ぶ。
あわせて読みたい記事