1.学校薬剤師とは?
学校薬剤師とは、学校の環境衛生に関する管理・指導や、健康相談、保健指導などを行う薬剤師のことです。主に医薬品を取り扱う病院や薬局での勤務とは異なり、学校薬剤師は主に環境衛生に関する業務を担います。普段は病院や薬局で従事している薬剤師が学校薬剤師を兼任しているケースも多く見られます。
なお、学校保健安全法第23条において、大学以外の学校には学校薬剤師を設置することが義務付けられています。
● 小学校
● 中学校
● 義務教育学校
● 高等学校 など
参照:学校薬剤師とは|日本薬剤師会
参照:学校保健安全法 第二十三条(学校医、学校歯科医及び学校薬剤師)|e-Gov 法令検索
1-1.学校薬剤師の役割
1930年に北海道小樽市の小学校において、風邪症状のあった児童に対して「アスピリン」を服用させるところ、誤って「塩化第二水銀(毒薬)」を投与し、児童が亡くなってしまうという悲しい事故が起きました。
この事故をきっかけに、「学校には薬の専門家である薬剤師を設置すべき」という考えが広まり、1958年には大学以外の学校に対して学校歯科医または学校薬剤師の設置を義務付ける学校保健法が制定されました。
そうした経緯から誕生した学校薬剤師は、薬品類の使用や保管など学校の薬事衛生を管理するほか、健康的な学習環境を確保するために学校環境衛生の維持・管理に携わるといった役割があります。
さらに、学校薬剤師には、医薬品や違法ドラッグなどの乱用を防止する役割も求められています。厚生労働省は2023年度補正予算として1,600万円を計上し、「学校薬剤師・地区薬剤師会を活用したOTC濫用防止対策事業」に取り組んでおり、医薬品の乱用防止において学校薬剤師の活躍が期待されています。
参照:一般用医薬品の濫用に対する取組について|厚生労働省
2.学校薬剤師の仕事内容
学校薬剤師が行う仕事は、病院や薬局の薬剤師のものとは大きく異なります。
ここからは、学校保健安全法施行規則第24条(学校薬剤師の職務執行の準則)をもとに、学校薬剤師の仕事内容を具体的に解説します。
参照:学校保健安全法施行規則 第24条(学校薬剤師の職務執行の準則)|e-Gov 法令検索
2-1.学校保健計画・学校安全計画の立案への参与
学校薬剤師の仕事として、学校保健計画・学校安全計画の立案への参与が挙げられます。児童や職員が安全・安心に過ごせる環境を整えるために、あらかじめ学校環境衛生の管理に関する計画を立て、1年を通じて計画的に定期検査や環境改善を行わなければなりません。
衛生化学の知識を身に付けた学校薬剤師が学校保健計画・学校安全計画の立案に参与することで、適切な環境衛生の管理・維持につながることが期待されます。
また、学校環境衛生活動に加えて、学校給食衛生についても定期検査の実施が求められます。
2-2.環境衛生の維持・改善に関する指導や助言
学校保健計画・学校安全計画をもとに、学習に適した環境衛生を維持・改善できるように、学校の教職員に対して指導や助言を行います。
例えば、教室の換気や温度、明るさなどの日常点検を行う学級担任に対して、実施状況を確認したり、改善指導を行ったりします。授業日ごとに、授業開始時や授業中、授業終了時に点検することで、日々の環境衛生が維持されているかを確認するなど、細やかな管理が求められます。
また、定期検査や臨時検査を行うのも学校薬剤師の仕事です。定期検査では以下の項目について、学校環境衛生基準を満たしているかを確認します。
● 飲料水等の水質及び施設・設備に係る学校環境衛生基準
● 学校の清潔、ネズミ、衛生害虫等及び教室等の備品の管理に係る学校環境衛生基準
● 水泳プールに係る学校環境衛生基準
そのほか、感染症や食中毒の発生が疑われるときや、自然災害などにより環境が汚染され、感染症が発生する可能性があるときには臨時検査を実施します。
参照:学校薬剤師とは|日本薬剤師会
参照:学校環境衛生管理マニュアル「学校環境衛生基準」の理論と実践【平成30年度改訂版】|文部科学省
2-3.健康相談・保健指導
児童からの健康相談に応じたり、薬の適正使用に向けて保健指導を行ったりするのも、学校薬剤師の大切な仕事のひとつです。
学習指導要領の改定によって、2012年度からは中学校の保健体育において「医薬品の正しい使い方」の学習が必須となりました。
近年、市販の風邪薬や咳止め薬などの乱用が社会問題となっています。国立精神・神経医療研究センターが行った「薬物使用と生活に関する全国高校生調査2021」によると、高校生全体の1.6%、つまり約60人に1人が過去1年以内に市販薬の乱用経験があるとの報告がありました。
このような医薬品の乱用を防ぐために、さまざまな取り組みが行われており、その中で薬剤師の活躍が求められています。医薬品乱用防止の取り組みの一環として、学校教育の場において薬剤師が医薬品の正しい使用方法を指導し、医薬品の乱用や違法ドラッグの危険性を周知することが大切です。
参照:学校薬剤師とは|日本薬剤師会
参照:一般用医薬品の乱用(オーバードーズ)について (薬剤師、登録販売者の方へ)|厚生労働省
参照:薬物使用と生活に関する全国高校生調査2021(令和4年度研究報告書)|国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
2-4.医薬品や毒物・劇物などの管理や指導
教育現場ではプールの衛生管理や理科の実験など、さまざまな場面で薬品を使用します。また、学校の保健室において、軽微なやけどや怪我に対応できるように一般用医薬品を保管しているケースもあり、薬品や医薬品を適切に管理する必要があります。
さらに、一部の学校では、児童が使用する医療用医薬品を預かっているケースもあります。中にはアレルギーやてんかんの治療薬を預かっている場合もあり、適切に管理できていないと児童の健康に大きな影響を与えかねません。
学校薬剤師は、学校で使用される薬物や一般用医薬品を管理するとともに、児童が医薬品を使用し、健康的に過ごせるように、学校職員に対して医薬品の管理・使用に対する指導や助言を行います。
参照:こどもたちの健康|日本薬剤師会
🔽 薬剤師の仕事内容について解説した記事はこちら
3.学校薬剤師の報酬・給料
学校薬剤師は、基本的に非常勤という立場になります。そのため、本業として行う薬局や病院勤務と比べると、報酬・給料は高くありません。学校や市町村によるものの、報酬の相場は年間10万円~20万円程度であり、学校薬剤師として勤務するだけで生計を立てるのは難しいでしょう。
しかし、年に数回の勤務で済む場合が多く、実働時間が短い傾向にあるため、本業がある方にとっては効率よく副収入を得る機会になるかもしれません。
また、原則兼業が禁止とされている公務員や管理薬剤師であっても、学校薬剤師は例外的に従事できるケースもあるため、副業による貴重な収入源になります。
例えば、宮城県の場合、薬局の管理などに影響を及ぼさないように3校までであれば兼業が認められています。ただし、報酬金額によっては確定申告が必要となるケースがあるため、注意が必要です。
参照:青森県立学校学校医、学校歯科医及び学校薬剤師に関する規則|青森県
参照:さぬき市立学校の学校医等の委嘱及び報酬に関する要綱|さぬき市
参照:川崎市立学校学校医、学校歯科医及び学校薬剤師の配置及び報酬に関する要綱|川崎市
参照:薬局等の管理者の兼務許可に関する取扱要領|宮城県
🔽 薬剤師の年収について解説した記事はこちら
4.学校薬剤師に必要な知識・スキル
教育現場で勤務する学校薬剤師には、病院や薬局など医療施設に従事する薬剤師とは異なる知識やスキルが必要になります。
ここからは、学校薬剤師として活躍するために必要な知識やスキルについて解説します。
4-1.衛生化学や学校環境衛生基準に関する知識
学校薬剤師は学校環境衛生の管理・維持や保健指導などを行うため、薬物や医薬品に関する知識だけではなく、衛生化学や学校環境衛生基準などの知識が必要です。
衛生化学の知識を身に付け、環境や食品が与える人体への影響について理解することで、環境衛生の管理・維持のために、適切な指導や助言ができるようになるでしょう。
また、定期点検や臨時点検では、環境衛生基準を正確に理解しておく必要があります。定められた基準と照らし合わせて、適切な環境衛生が保たれているかをチェックすることが求められます。
参照:学校環境衛生基準(令和6年文部科学省告示第54号)溶け込み版|文部科学省
4-2.教育に適した人間性と学校教育への理解
学校薬剤師は、健康相談や保健指導において児童と接する機会の多い仕事です。指導を通じて児童が健康的なライフスキルを身に付けられるように、学校薬剤師には学校教育への理解と豊かな人間性が必要とされます。
さまざまな個性を持った児童と接するコミュニケーション能力や、思春期の児童に対応する柔軟性、仕事に対する責任感などが求められるでしょう。
5.学校薬剤師になるには?
学校薬剤師になるために特別な資格は必要なく、薬剤師資格があれば基本的に誰でもなることができます。しかし、学校薬剤師の募集はそれほど多くなく、現任の薬剤師が辞職し欠員が出た場合など、一時的に募集がかかるケースがほとんどです。
地域によっては薬剤師会で学校薬剤師の希望者を受け付けており、学校から募集があれば薬剤師会を通じて応募できる場合もあります。
薬剤師会によっては会員にのみ応募資格を与えているところもあるため、学校薬剤師に興味がある方は地域の薬剤師会が発信する情報などを確認してみましょう。
参照:学校薬剤師|東京都薬剤師会
参照:学校薬剤師とは|高知県薬剤師会
参照:学校薬剤師募集中|所沢市薬剤師会
6.学校薬剤師のやりがいと大変なこと
学校薬剤師は、学校環境衛生活動や児童に対する健康相談・保健指導を通じて、教育現場に貢献できることにやりがいを感じられるでしょう。また、普段は関わりの少ない児童と接する機会が多いため、日頃の薬剤師業務では味わえない刺激や新鮮さを実感できるかもしれません。
一方で、医療現場における薬剤師業務ではあまり必要としない衛生化学の知識や、学校環境衛生基準を理解しなければならないため、一人前の学校薬剤師になるまでに苦労する場合があるかもしれません。また、薬剤師業務をこなしながら学校薬剤師として従事することを負担と感じるケースもあるでしょう。
一部の薬剤師会では、学校薬剤師の資質向上を目的とした講習会を開催しています。これから学校薬剤師を目指す方が参加できる講習もあるため、知識面に不安がある場合は、地域の薬剤師会のホームページなどを調べてみるとよいでしょう。
参照:令和6年度学校薬剤師講習会のご案内|静岡県薬剤師会
7.学校薬剤師の活動を通じて、教育現場に貢献しよう
学校薬剤師とは、学校の環境衛生に関する管理・維持や児童への保健指導などを行う薬剤師のことです。具体的には以下のような仕事を行います。
学校薬剤師として活躍するには、薬物や医薬品に関する知識だけではなく、衛生科学や学校環境衛生基準に関する知識も必要です。また、児童を対象に指導することもあるため、学校教育への理解や教育に適した人間性も求められます。
学校薬剤師は、教育現場に貢献することができる、やりがいのある仕事です。児童が健康的に学校生活を送れるよう支援するとともに、健康的なライフスキルを身に付けるための手助けをしましょう。
執筆/篠原奨規
2児の父。調剤併設型ドラッグストアで勤務する現役薬剤師。薬剤師歴8年目。面薬局での勤務が長く、幅広い診療科の経験を積む。新入社員のOJT、若手社員への研修、社内薬剤師向けの勉強会にも携わる。音楽鑑賞が趣味で、月1でライブハウスに足を運ぶ。
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