知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第43回 薬剤師が知っておきたい漢方の世界 生薬クイズ
漢方薬は、果実や草花など、“自然由来”の薬効を利用しているのはよく知られていますが、
“自然由来”はなにも植物に限ったことではありません。ちょっと驚くような原材料も……。
今回は、植物以外の生薬のなかでも「熱冷まし」によく用いられる「地龍」についてご紹介します。
目次
びっくり漢方薬の世界 ~生薬クイズ~
Q.以下の中から、漢方薬で使われるものはどれでしょう?
●カマキリの卵
●ヤモリ
●ムササビのうんち
●オットセイの生殖器
●ゴキブリ
●ミミズ
●セミの抜け殻
●動物の化石
●かまどの土
●赤ちゃんのおしっこ
●真珠
●琥珀
●磁石
●牡蠣の貝殻
●ヒル
●牛の胆石
A.答えは、「全部」! 漢方薬で使われます
到底クスリにはならなさそうなものばかりですが、
どれも生薬名がついた、れっきとした中医学で用いられる生薬です。
それぞれの生薬名は以下のとおり。原材料は知らなくても、
生薬の名前は聞いたことがあるかもしれません。
原材料・・・生薬/よみかた
●カマキリの卵・・・桑螵蛸/そうひょうしょう
●ヤモリ・・・蛤蚧/ごうかい
●ムササビのうんち・・・五霊脂/ごれいし
●オットセイの生殖器・・・海狗腎/かいくじん
●ゴキブリ・・・䗪虫/しゃちゅう
●ミミズ・・・地竜/じりゅう
●セミの抜け殻・・・蝉退/せんたい
●動物の化石・・・竜骨/りゅうこつ
●かまどの土・・・伏竜肝/ぶくりゅうかん
●赤ちゃんのおしっこ・・・童便/どうべん
●真珠・・・珍珠・真珠/ちんじゅ・しんじゅ
●琥珀・・・琥珀/こはく
●磁石・・・磁石/じせき
●牡蠣の貝殻・・・牡蛎/ぼれい
●ヒル・・・水蛭/すいてつ
●牛の胆石・・・牛黄/ごおう
「地竜」お年寄りから子どもまで、よく用いられる熱さまし
今回は、この中から「地竜(じりゅう)」についてお話ししたいと思います。
“じりゅう”と音で聞くと分かりにくいですが、漢字で目にすれば「地竜 → 地中に生きる細長いミミズ」と結びつけやすくなるのではないでしょうか。このように、漢字が実態を表している生薬は少なくありません。
“地竜は、生薬そのもののほかにも、エキス顆粒剤や錠剤が一般用医薬品としてあるため手に入りやすく、使用範囲も広いため、比較的に臨床でよく用いられます。お年寄りは、「熱さまし」としてご存じの方もけっこういらっしゃるようです。
地竜は、清熱・熄風作用(せいねつ・そくふうさよう)といって、風邪やインフルエンザなどの感染症の熱さまし(清熱作用)や熱性痙攣(熄風作用)に用いられるほか、行経・通絡作用(ぎょうけい・つうらくさよう)といって血流をよくして経絡(けいらく)の流れをよくする作用があることから、関節痛・神経痛・打撲損傷・脳卒中などの全身の運動障害・しびれ・痛み・感覚異常などに用いられます。
『中医臨床のための中薬学(医歯薬出版株式会社)』(一部を抜粋)には、
・地竜(じりゅう)
【基原】フトミミズ科MegascolecidaeのPheretima asiatica Michaelsen の内容物を去って乾燥したもの、あるいはツリミミズ科LumbricidaeのカッショクツリミミズAllolobophora caliginosa trapezoides ANT. DUGESをそのまま乾燥したもの。前者を広地竜、後者を土地竜と称す。
【性味】 鹹、寒。
【帰経】 肝・腎・肺。
【効能と応用】
(1)清熱熄風・定驚
高熱の煩躁・痙攣に、単味を煎服するか、釣藤鈎・全蝎・石膏などと用いる。 方剤例)地竜解痙湯
(2)清肺定喘
肺熱の咳嗽・呼吸促拍・呼吸困難あるいは百日咳(頓咳)に、単味の粉末を服用するか、杏仁・銀杏などと使用する
(3)行経通絡
・風寒湿痹による関節の強い疼痛に、天南星・乳香・没薬・烏頭などと用いる。方剤例)小活絡丹
・風湿熱痹による関節の疼痛・腫脹・熱感・発赤には、落石藤・海桐皮などと使用する。方剤例)桑絡湯
・中風の半身不随に、黄耆・当帰・赤芍・桃仁・紅花などと使用する。方剤例)補陽還五湯
(4)利水通淋
熱結膀胱の尿閉や砂石の排尿困難・排尿痛に、滑石・木通・車前子などと用いる。
【使用上の注意】 鹹寒で脾胃を損傷しやすいので、脾胃虚弱には禁忌。
と記載されています。
胃腸が弱い人の解熱には「牛黄」も
地竜は子どもから大人まで安心して服用できるのが良い点です(妊婦は控えた方が無難でしょう)。また、地竜は寒性(身体を冷やす性質)で、胃腸に負担をかける可能性がありますので、よほどお腹が弱い人は様子をみながら少量から試すとよいでしょう。(熱冷ましとして、短期間だけ使うぶんにはそれほど気にしなくてもよいように思います。)
アスピリン喘息などの副作用があってNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)を解熱剤として服用できない方には、「地竜」や「牛黄(ごおう・牛の胆石)」を熱さましとして使うこともあります。
また、インフルエンザ治療薬を服用中に副作用が出て服薬中止せざるを得ない場合にも、地竜と牛黄、それから以前お話しした板藍根が大活躍します。このほかに、症状や体質に合う処方を選び、地竜や牛黄・板藍根と組み合わせて服用するのが一般的です。
「牛黄」は、胆汁の分泌を盛んにするため胃腸薬としても用いられます。
牛黄も、子どもから大人まで服用できますが、妊婦は禁忌ですのでご注意ください。
牛黄は非常に高価ですが、地竜はお手頃価格ですのでありがたい存在です。小さなお子さんは大人に比べて高熱になりやすい傾向にありますので、お子さんのいる家庭では、両方常備するとよいでしょう。
参考文献:
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社1994年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
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