知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第108回 「芍薬・白芍(シャクヤク・ビャクシャク)」の効能 血を補い潤いを足す
美しい女性の姿や立ち居振る舞いのことを、花に例えて「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」と表現しますよね。どの花も美しいですが、個人的には芍薬がいちばん好きです! さて、芍薬も牡丹も百合も、それぞれ根っこが漢方薬として使われます。今回はそのなかでも「芍薬」について、中医学的な効能や使われ方を紹介しましょう。
- 1.芍薬(シャクヤク)とは
- 白芍(ビャクシャク)の四気五味(四性五味)
- 2.白芍はどんなときに用いられるのか(使用例)
- (1)月経不調・月経痛・不正出血などの婦人科の疾患に:「補血調経(ほけつちょうけい)」の作用
- (2)自汗・盗汗などの汗かきに:「斂陰止汗(れんいんしかん)」の作用
- (3)血虚で肝気鬱結(≒精神的ストレス)があるときに:「養血柔肝(ようけつじゅうかん)」の作用
- (4)血虚による筋肉のつり・硬直・痙攣・痛みに:「柔肝止痛(じゅうかんしつう)」の作用
- (5)肝陽上亢(かんようじょうこう)による頭痛・眩暈に:「平抑肝陽(へいよく・かんよう)」の作用
- 3.白芍の効能を、中医学の書籍をもとに解説
- 4.白芍の注意点
1.芍薬(シャクヤク)とは
薬物として用いられる芍薬は、ボタン科シャクヤクの根の部分です。根の皮を除去し、そのまま乾燥させるか、湯通ししてから乾燥させたものを漢方薬として用います。乾燥させずに生の状態でも用いますが、日本ではなかなか入手できないでしょう。
現代の中薬学の教科書には、「白芍薬=白芍(ビャクシャク)」と、「赤芍薬=赤芍(セキシャク)」の2種類が存在します。今回、ご紹介するのは白芍のほうです。
基原植物はほぼ同じですが、白芍は根の皮を除き、赤芍は根の皮は除かず用います。過去には赤芍は野生品とする定義もあったようですが、手に入りにくいため、近年ではそういったしばりはなくなったようです。
白芍の分類は「補血薬」で、補陰血が効能の中心です。赤芍の分類は「清熱涼血薬(せいねつりょうけつやく)」で、血分の熱を冷ます作用が効能の中心となります。
あくまでも私の感覚ですが、区別せずに「芍薬」と呼ぶのは、主に日本漢方や薬膳の専門家として活動している方、あるいは、中医学には触れずに漢方認定薬剤師の資格をとった薬剤師の方というイメージがあります。芍薬のほうが一般的にイメージが湧きやすいからかもしれません。
現代の中医学を学ぶ人たちは、どちらかと言えば「芍薬」よりも、「白芍」「赤芍」あるいは「白赤芍(両方)」と言い分けることが多いように思います。とはいえ、中医学を学んだ人も、「芍薬」と呼ぶこともあります。
現代で「芍薬」と言う場合は、白芍を指していることが多いですが、微妙なときは突っこんで質問するしかありません。また、時代や書物によっては、白芍・赤芍と分けず単に芍薬としていることもあるので、文脈・処方・病名・証などから考察するしかないのです。
白芍(ビャクシャク)の四気五味(四性五味)
中薬・食物(薬食)には、四性(四気)と呼ばれる「寒・熱・温・涼」の4つの性質があり、さらに、温めもせず冷やしもしない、寒熱の偏りがないものは「平(へい)」と言います。白芍は「微寒性」です。
■生薬や食べ物の「四気(四性)」
白芍(ビャクシャク)の四気五味(四性五味)は「微寒性、苦・酸味」なので、次のような作用があることがわかります。
● 苦味=「瀉(しゃ):捨て去る」のイメージ。熱を冷ますイメージ。
● 酸味=「収斂(しゅうれん)」「収澁(しゅうじゅう)」のイメージ。
また、白芍は「肝・脾のグループ」に作用し、これを中医学では「肝経・脾経に作用する(帰経する)」と表現します。
2.白芍はどんなときに用いられるのか(使用例)
中薬学の書籍では、白芍は「補血薬(ほけつやく)」に分類され、読んで字のごとく、血(けつ)を補う薬を意味します。つまり、白芍は基本的には、血が不足した状態(=血虚証(けっきょしょう))に対して、血を補って治療したいときに用います。
補う作用を持つ薬物のことを補薬(ほやく)と言い、「補気薬(ほきやく)」「補血薬(ほけつやく)」「補陽薬(ほようやく)」「補陰薬(ほいんやく)」の4種類があります。
では、白芍の代表的な使用例を見ていきましょう!
(1)月経不調・月経痛・不正出血などの婦人科の疾患に:「補血調経(ほけつちょうけい)」の作用
白芍は養血調経(ようけつ・ちょうけい)できるため、婦人科の症状・疾患に非常によく用いられます。養血とは血を養う(=補う)ことで、補血と同じ意味です。調経とは月経を調整・調理する(整える)ことを意味します。
養血調経の基本方剤である四物湯(しもつとう)は、白芍に当帰(とうき)・川芎(せんきゅう)・熟地黄(じゅくじおう)を配合して用います。四物湯はバランスの良い配合なので、補血する際の基本のセットのような感じで配合されることが多いです。
例えば、温清飲(うんせいいん)という処方は四物湯+黄連解毒湯、八珍湯(はっちんとう)という処方は四物湯+四君子湯で構成され、十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)という処方は四物湯+四君子湯+黄耆+桂皮、といった具合です。
血虚の月経痛(経行腹痛あるいは痛経と呼ぶ)には、白芍とともに香附子(こうぶし)・延胡索(えんごさく)を配合します。不正出血が止まらないときは白芍などの補血薬とともに阿膠(あきょう)・艾葉炭(がいようたん)などを加えて止血します。
🔽 阿膠について解説した記事はこちら
(2)自汗・盗汗などの汗かきに:「斂陰止汗(れんいんしかん)」の作用
自汗(じかん)とは、日中に出る汗のこと、盗汗(とうかん)とは寝汗のことです。自汗は、気温や服装に関係なく日中にしきりとかく汗で、活動時に悪化します。もともと虚弱な体質で、少し動いただけでダラダラと汗をかくのが特徴です。盗汗は、寝ているときに発汗し、目が覚めると汗は止まっています。
白芍は「斂陰止汗(れんいん・しかん):収斂して汗を止める」の作用があり、これらの治療に用いられます。白芍の持つ酸味がキュッと引き締めて収斂することで、陰液(潤い)が漏れ出ないようにして、液体を内部に保持してくれます。
例えば、桂枝湯(=白芍+桂枝+甘草+生姜+大棗)は、寒気があるのにじっとり汗をかくようなカゼの初期の治療に用います。こういったときに、麻黄湯系の処方(麻黄湯・葛根湯・小青龍湯・麻黄附子細辛湯など)を使用すると悪化してしまうので気をつけましょう。
桂枝湯系も麻黄湯系も、どちらも感染症の初期症状として寒気があるときの処方ですが、自汗があるときは必ず桂枝湯です。
また、陰虚(いんきょ:潤い不足)によって引き起こされる盗汗に対しては、陰血を補う白芍に、牡蛎(ぼれい)・竜骨(りゅうこつ)・柏子仁(はくしにん)などを配合し、斂陰止汗して治療します。
(3)血虚で肝気鬱結(≒精神的ストレス)があるときに:「養血柔肝(ようけつじゅうかん)」の作用
血虚で精神的ストレスなどがあると、肝気(かんき)の巡りが悪くなり(=肝気鬱結:かんきうっけつ)、イライラする・気分が落ち込むなど精神的に不安定になりやすいほか、全身のいろいろな筋肉が固まりやすくなります。
肝気鬱結では、筋肉が急激に収縮・硬直・痙攣して痛みを生じることもあり、こういった状況に白芍を用います。ストレスによる脇肋部・胃・そのほかお腹あたりの痛みや、手足の硬直・痙攣痛に対して、白芍は血を補って(養血して)、筋の緊張をほぐし、痛みを和らげます。
例えば、逍遥散(しょうようさん)のように、白芍に当帰・白朮(びゃくじゅつ)・柴胡(さいこ)などを配合し、血虚肝鬱、脇肋疼痛を治療します。
(4)血虚による筋肉のつり・硬直・痙攣・痛みに:「柔肝止痛(じゅうかんしつう)」の作用
白芍の帰経は肝・脾であるように、肝の薬です。肝の治療をする場合は、どのようなときも
● 肝の陽(肝陽・肝気)の在り方を調和・平和にすること:和肝用
が基本です。
白芍は不足している肝の陰を補うことで、肝の陽の高ぶりや巡りの悪さを鎮静・調和させて柔らかくし、肝の疏泄作用を正常に戻し、気血の巡りを調整します(柔肝)。
芍薬甘草湯は、白芍に甘草(かんぞう)を配合して、お腹の急激な痛みや、血虚(けっきょ=血の不足)により引き起こされた手足の硬直・痙攣痛を治療するときに活用されます。
🔽 芍薬甘草湯について解説した記事はこちら
痛瀉要方(つうしゃようほう)は、白芍に防風(ぼうふう)・白朮(びゃくじゅつ)・陳皮(ちんぴ)を配合し、精神的ストレスによる腹痛と下痢を治療します。
🔽 陳皮について解説した記事はこちら
芍薬湯(しゃくやくとう)は、白芍に木香(もっこう)・檳榔(びんろう)・黄連(おうれん)などを配合し、感染症などによる下痢や腹痛を治療します。
(5)肝陽上亢(かんようじょうこう)による頭痛・眩暈に:「平抑肝陽(へいよく・かんよう)」の作用
白芍は、肝陽上亢(かんようじょうこう)による頭痛・眩暈に用いられます。肝陽上亢とは、肝陰が不足したことにより、陽の亢進を抑えられなくなり、肝の陽気が上へ突き上げ(上亢)ている状態を表します。
エネルギーが、上へ、上へと突き上がっているので、頭痛・眩暈・眼痛・耳鳴・目の充血など、どちらかというと頭部の症状が現れやすくなります。こういった状況に対して、白芍は上亢する肝の陽気を抑え、平和な状態に戻します(平抑肝陽)。
補血作用を中心に持つ中薬は、温性(温める性質)で、かつ、甘味です。それに対して白芍は微寒性のため、補血したいけれどあまり温めたくない状況(温めると不具合が生じる状況)や、補血したいけれど甘味のようにモッタリ滞らせるのではなく、サッパリ補血したいときなどに重宝します。
3.白芍の効能を、中医学の書籍をもとに解説
ここでは中薬学の書籍で紹介されている白芍の効能を見ていきましょう。効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味から効能のイメージを掴むのに役立ちます。
白芍(びゃくしゃく)
【分類】
補血薬
【処方用名】
白芍・白芍薬・大白芍・杭白芍・生白芍・炒白芍・炒杭芍・酒芍・シャクヤク。
【基原】
ボタン科 Paeoniaceae のシャクヤク
Paeonia lactiflora PALL.のコルク皮を除去し、そのままあるいは湯通しして乾燥した根。
【性味】
苦・酸、微寒。
【帰経】
肝・脾。
【効能】
養血斂陰(ようけつ・れんいん)、柔肝止痛(じゅうかん・しつう)、平抑肝陽(へいよく・かんよう)。
【応用】
月経不調、経行腹痛(月経痛)、崩漏、自汗、盗汗に用いる。白芍は養血調経することができるため婦人科の疾病によく用いられる。調経の基本処方である四物湯のように、白芍に当帰・川芎・熟地黄を配合する。経行腹痛には、香附子・延胡索を、崩漏して止まらないときは阿膠・艾葉炭を加える。白芍は、また、斂陰止汗することができ、桂枝・甘草・生姜・大棗と配合して桂枝湯とし、調和営衛して外感風寒、表虚自汗、悪風を治療する。牡蛎・竜骨・柏子仁などを配合すると斂陰止汗でき、陰虚陽浮が引き起こす盗汗を治療する。
肝気不和による脇肋脘腹疼痛あるいは四肢の拘攣痛に用いる。白芍は養血柔肝し緩急止痛する。逍遥散のように白芍に当帰・白朮・柴胡などを配合して血虚肝鬱、脇肋疼痛を治療する。芍薬甘草湯のように白芍に甘草を配合して、肝脾失和した脘腹攣急作痛と血虚により引き起こされた四肢の拘攣作痛を治療する。痛瀉要方のように白芍に防風・白朮・陳皮を配合して腹痛泄瀉を治療する。芍薬湯のように白芍に木香・檳榔・黄連などを配合して下痢腹痛を治療する。
肝陽上亢による頭痛・眩暈の証に用いる。白芍は平抑肝陽する。建湯のように、生地黄・牛膝・代赭石などと配合して肝陽上亢が引き起こす頭痛・眩暈などを治療する。
【用量】
5~10g、大量で15~30g。
【使用上の注意】
陽衰虚寒の証には単独で使用するのは適切でない。藜芦に反する。
※【分類】【処方用名】【基原】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より部分的に引用/【性味】【帰経】【効能】【応用】【用量】【使用上の注意】は『中薬学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの
このように、白芍はやや冷ましつつ陰血を補い、肝(婦人科系・精神的ストレス系・筋系など)や脾(≒消化器系)に関する色々なトラブルに、大変よく用いられます。
4.白芍の注意点
白芍は微寒性のため、冷たい性質・冷やす性質を持ちます。
『中薬学(上海科学技術出版社)』の【使用上の注意】に“陽衰虚寒の証には単独で使用するのは適切でない。”とあるように、白芍は陽気(身体を温めるパワー)が衰退したせいで寒(=冷え)がある「陽衰虚寒(ようすいきょかん)」の証に単独で用いるのは向きません。
ただし、他の温性の中薬と組み合わせて白芍を用いるのは問題なく、むしろ、温性の中薬と組み合わせて用いることが多いです。
白芍は日本では医薬品扱いとなります。気になる方は、まずは中医学の専門家にご相談なさってみてください。
参考文献:
・小金井信宏(著)『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・内山恵子(著)『中医診断学ノート』東洋学術出版社 2002年
・丁光迪(著)、小金井信宏(翻訳)『中薬の配合』 東洋学術出版社 2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・翁維健(編集)『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2014年6月
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・許済群(編集)、王錦之(編集)『方剤学』上海科学技術出版社 2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年