学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。
近年、健康機能を表示する食品にも、いろいろなカテゴリーが現れてきました。以前からある「特定保健用食品」(いわゆる「トクホ」)、栄養機能食品に加え、2015年からは「機能性表示食品」の制度もスタートしました。これは、「事業者の責任において、科学的根拠に基づいた機能性を表示した食品」のことで、消費者庁からの個別の許可を受けていない点で「トクホ」とは異なります。
さて、米国にはこれらとまた異なる「メディカルフード」と呼ばれるジャンルがあるのはご存知でしょうか。近年このジャンルは注目を集めており、年間10%に達する成長率で市場を広げています。日本でも類似の概念が入ってくる可能性がありますので、ここで紹介しておきましょう。
(なお、すでに日本にもメディカルフードという言葉の入った会社がありますが、これらは入院患者に向けた食事提供サービスを行なう企業であり、米国でいうメディカルフードとはかなり異なったものです。)
米国のメディカルフードは、医薬品と栄養補助食品(ダイエタリーサプリメント)の中間に位置づけられる食品です。栄養補助食品は健康な人の病気予防のために用いられますが、メディカルフードは特定の疾患に必要とされる食品成分を補うことで、病状の改善を目指すものです。
もともとメディカルフードは、遺伝的な代謝疾患を持ち、特定の栄養素を必要とする人のために考案された食品でした。当初は医薬品として扱われていましたが、1972年に米国食品医薬品局(FDA)によって「メディカルフード」というカテゴリーが設定されました。
現在では特殊な代謝疾患のみではなく、心臓病、腎臓病、骨粗鬆症、糖尿病からアルツハイマー症に至るまで、さまざまな疾患の改善を目指したメディカルフードが売り出されています。通常の食事ができない患者に対する経管栄養(チューブを通じて鼻や胃に流し込む流動食)なども、ここに含まれます。
メディカルフードの販売には、処方箋は基本的に不要ですが、医師の指示のもとで摂取することとされています。病気を直接治すのではなく、治療をサポートする食品という位置づけですので、医薬に比べればずっと規制は緩く、臨床試験なども必要ありません。ただし、疾患治療のサポートになりうるという科学的根拠を示すことは必要であり、また安全性に関して専門家の審査を受ける必要もあります。
機能表示については、「病気の治療をする」と謳うことはできないものの、栄養補給効果を表示することは可能とされています。いろいろな面で、医薬とサプリメントの中間に位置している製品群ということになります。
米国でこれらメディカルフードが注目されている理由は、やはり同国の医療費の高額さにあるようです。単なる虫垂炎や骨折の手術でさえ、費用が数百万円に及ぶといわれるほどですから、病気は何とか予防せねばならぬもの、という考えが強いのです。また、ナチュラル・オーガニック志向の人も多いため、医薬に頼らず食品で病気を治したい、予防したいというニーズも、メディカルフードの拡大を後押ししています。もちろん高齢化社会の進展も、その背景にあることでしょう。
こうしたことから、米国のメディカルフードの市場は2025年には244億ドルに達するとの推計もあります。ネスレやダノンなどの日本でも名を知られた食品メーカーも、この分野でしのぎを削っています。
最近では、味の素の北米支社が米国のキャンブルック社を買収し、メディカルフード分野のプレーヤーとして名乗りを上げました。メディカルフードは、味やバラエティなどにまだまだ課題が多いのが現状ですので、味の素はそこに自社の強みが活かせると考えているようです。
しかし、こうした製品にやはり問題はつきものです。自社製品のヨーグルトにはインフルエンザ予防などの効果があると広告していたメーカーが処分を受け、和解金2100万ドルを支払うはめになったケースも出ています。
そうした一方で、ヨーロッパでは2015年に、欧州食品安全機関(EFSA)が「特別な医療目的のための食品」というカテゴリを設けました。米国のメディカルフードに近い考え方であり、さらに同様な考え方が世界に広まる可能性は十分あるでしょう。
近い将来の日本上陸も十分ありえそうな情勢と思えますが、となれば当然付随する問題も出てきそうです。「メディカルフード」というキーワードは、頭の片隅にとどめておいて損はないのではと思います。