学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。
ジェネリック医薬品メーカーの不祥事が相次ぐ背景は?
そうした状況で懸念されるのが、ジェネリック医薬を中心とした医薬品不足の問題です。鎮咳薬、去痰薬をはじめとした基本的な医薬の流通が滞っており、厚生労働省が公開している「医薬品供給状況にかかる調査結果(2023年10月)」によれば、その数は処方薬全体の24%に及びます。薬剤師のみなさんは、他の薬への切り替えや各種調整など、最前線で様々な苦労をされていることと思います。
週刊誌などでも医薬品不足が取り上げられる機会が増えてきており、今やこの問題は国民的関心事となりつつあります。なぜこのような事態に陥ったのか、今後どうなっていくか、改めて状況を整理してみましょう。
相次いだ不祥事
この医薬品不足の発端となったのは、2020年12月に起きた小林化工の不祥事です。医薬品製造工程の規定を無視した原薬の注ぎ足しにより、誤って抗真菌剤に睡眠導入剤が混入されてしまったのです。
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これによって240名以上の健康被害が発生、2人が亡くなるという大きな事故となり、同社には116日間の業務停止処分が下りました。最終的に小林化工は、設備や人員などをサワイグループに譲渡し、会社消滅に追い込まれています。
ここに、業界大手の日医工の不祥事が続きました。品質試験で不適合となった錠剤を、再加工して作り直すといった違反を、10年以上にわたって行っていたことが発覚したのです。同社には、小林化工と同様に業務停止処分が下されました。
この件を受け、ほかの製薬企業でもこうした問題がないか、無通告での査察や自主点検が行われました。その結果、多くの社で不正が明るみに出て、業務停止処分が連鎖的に起こったのです。
参照:【詳しく】製薬会社の行政処分相次ぐ メーカーに何が?(更新)|NHK
特に、業界トップの製造能力を誇っていた日医工が処分を受けた影響は大きく、原薬供給を受けていた各社は、軒並み出荷調整に追い込まれてしまいました。
長期化の要因
とはいえそれだけであるなら、業務停止さえ解ければ生産は再開でき、すぐに供給は回復するはずです。医薬品不足がかくも長期化する背景には、この業界ならではの特殊事情があります。
ひとつには、医薬品の生産はいわゆるGMP省令などのルールに厳しく縛られている点が挙げられます。
GMPによって、製造工程の細かい手順はもちろん、機器の管理や清掃などに至るまで細かく規定されていますので、「あの薬が足りないからそこの工場で作ってくれ」などという具合に、すぐに対応することはできないのです。もちろん、他業種からの新規参入にも高い障壁となります。
また会社としても、どのラインでどの薬を作るかといったスケジュールは長期的に決められていますので、急に他の薬を割り込ませることはそう簡単にできない事情があります。
無謀だったジェネリック政策
そして、近年のジェネリック医薬に関する政策も、原因の一つといえます。2015年、政府が発表した「骨太の方針」には、2020年度までの間のなるべく早い時期に、ジェネリック医薬のシェアを80%まで引き上げるという目標が打ち出されました。2011年時点では40%を切っていたシェアを、10年足らずで倍増させるという極めて高い目標でした。
参照:ジェネリック医薬品問題②不正の背景は?専門家に聞く|NHK
しかしジェネリックメーカーのほとんどは中小企業であり、ここまでの急激な増産に対応するのはそもそも無理があったといえます。
さらに薬価の厳しい引き下げが、これに追い打ちをかけました。各種の原料や電気代などが高騰する中、一錠数円という価格で、高いクォリティを保ちつつ医薬を大増産せよというのは、あまりに酷な話という他ありません。
各社は十分な設備投資も、優れた人材の採用・育成もままならない状態で走り続け、ついに破綻をきたしたといえます。長期にわたる医薬品不足という、先進国にあるまじき事態を招いた責任の多くは、こうした政策にあったと言わざるを得ません。
ただし、小林化工などいくつかのメーカーでは、こうした状況に陥るずっと以前から組織ぐるみの不正が行われていました。業界全体に不正に対して甘い体質が蔓延していたことも、否定はできないでしょう。
残念ながら、現状ではこの情勢が好転する材料は、あまり見えてきません。さらにこの10月、最後の頼みの綱ともいうべき業界最大手の沢井製薬で、カプセル詰替などの不正行為が長年行われてきたことが発覚しました。これでまた業務停止処分などということになれば、医薬供給はさらなる危機に瀕します。
事態がこうなった以上、メーカーへの設備投資の支援など、政府としても思い切った策を打ち出さねばならない状況ではと思います。また、体質の強化を目指した業界の再編など、大きな変動が起きる可能性も、今後十分にありそうです。
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