薬にまつわるエトセトラ 公開日:2024.10.03 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第120回

「エクソソーム」に効果はある?化粧品や美容医療におけるブームの実態

発見当時はさしたることはないと見なされていたものが、いつの間にか時代の寵児に成り上がっている――こうしたことは、研究の世界では分野を問わずよく起きます。最近でいえば、エクソソームはそうした例の一つといえるでしょう。
 
先端的な研究も多数なされていますが、近年では化粧品や美容医療分野でも人気となっており、多くの関連製品が発売されています。
 
ではそのエクソソームとは何か、実際のところ効果はあるのか、基本的なところから解説してゆきましょう。

 

エクソソームとは何か?

エクソソームの「exo-」は「外へ」を意味する接頭語、「-some」は生物学分野で「小体」を表す言葉です。文字通り、細胞から外部へ放出される、小さな袋状の器官ということになります。

その大きさは30~150nmほどであり、細胞と同様に脂質二重膜で包まれています。細胞から分泌され、体液に乗って他の細胞へと運ばれて、吸収されます。

エクソソームが発見されたのは1980年代のことですが、当初は細胞内の不要物を排出するゴミ袋のようなものと考えられていました。

しかし1990年代以降、エクソソームにはきちんと機能があることが明らかになってきました。エクソソームには各種ホルモンなどのタンパク質やマイクロRNAが内包されており、これらを細胞から細胞へ受け渡す役割を持つことが判明したのです。

2013年には、こうしたエクソソームを含む小胞の機能解明に貢献した3氏に、ノーベル生理学・医学賞が授与されています。さらに最近では、エクソソームががんの悪化や転移に関与している可能性や、糖尿病の症状改善につながる可能性も報告されるなど、その注目度はなお高まりつつあります。

参照:エクソソームとは|疾患(がん、心臓病、糖尿病)の治療に向けて|株式会社リプロセル

エクソソームの機能を活かした創薬も、研究が進められています。たとえばエクソソームを治療用製剤として利用する研究が、ベンチャー企業によって行われています。

参照:エクソソーム製剤の開発に挑むスタートアップも|日経バイオテクONLINE

また、がん細胞が産生するエクソソームをがん診断マーカーとして用いる研究、がん細胞のエクソソーム分泌を阻害してがん転移を防ぐ研究なども進められています。その他、感染症や肝硬変など、各種疾患の治療に結びつける努力が数多く行われています。

参照:血液内のエクソソームをバイオマーカーとしたがん診断法の開発|東京工業大学
参照:「患者に優しい医療(低侵襲医療)」の実現に向けた研究活動 04.エクソソームを用いた未来の医療開発|東京医科大学

ただし、これらはまだ基礎研究あるいは臨床研究の段階にあり、エクソソームを用いた医薬などが承認を受け、製品化された例は、本稿執筆時点(2024年9月)ではまだ一つもありません。

また、エクソソームには多くの成分が含まれているため、どれがどう効果を及ぼしているのか、判別は簡単ではありません。注目を受けてはいるものの、安全性や有効性を確立するにはまだまだ課題が多いのが現状です。

 

ブームの実態

しかし冒頭で述べたように、化粧品や美容医療などの現場では、エクソソームはすでに大きなブームといえる状態になっています。

ここで用いられているエクソソームは、幹細胞培養上清液から得たものであるようです。幹細胞を培養する際に用いる培養液の上澄みのことであり、ここにはエクソソームの他、各種のサイトカインや成長因子も多量に含まれています。

本来こうした上清液は、再生医療などの研究に伴って出る「廃液」として扱われていましたが、上記のような成分を含むため、これを医療や美容に役立てようという動きが出てきたわけです。

たとえばある大手通販サイトでは、「エクソソーム 化粧品」で検索すると2000点以上の商品がヒットしてきます。その多くでは「エイジングケア」「肌に本来の輝き」といった宣伝文句が並び、加齢による肌の衰えをカバーできると謳っています。

また美容外科などでも、「エクソソーム療法」を行うところが増えているようです。点滴や静脈注射などで投与され、老化した細胞や血管の修復、老化予防、認知症予防、コロナ後遺症の改善などの効果が期待できるとされています。

こうしたクリニックには、再生医療と関連づけた宣伝を行っているところもありますが、幹細胞の培養で出た成分を使っているだけであり、再生医療といえるものではありません。そして前述の通り、臨床試験レベルで実証されたエクソソームの作用は何一つないというのが現状です。

実は最近、幹細胞培養上清液を使用した治療で死亡事故が発生したいう発表が、再生医療抗加齢学会からなされました。詳細はわかっていませんが、敗血症が原因との情報が流れています。要するに、点滴に用いたエクソソームの滅菌が不十分であったと推測されます。

参照:幹細胞培養上清液に関する死亡事例の発生について|再生医療抗加齢学会 AARM

この件については、多くの医師や研究者がYouTubeやブログなどで取り上げており、安易なエクソソームの医療応用に強く警鐘を鳴らしています。筆者も、どのような成分が入っているか、どのような処理がなされているかわからない液体を、点滴で体内に入れたいとは全く思えません。

エクソソーム研究には様々な可能性があるだけに、こうした事故で使いづらくなれば大きな損失です。使う方も施術を受ける方も、慎重さが必要なのではと思います。

 

 
 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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