薬にまつわるエトセトラ 公開日:2025.04.03 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第126回

放射性医薬品とは?がん治療の分野で注目を集める薬の歴史と最新動向

放射性医薬品というジャンルがあります。医薬の中でも特殊な分野であり、薬剤師のみなさんでも取り扱う機会がない方が多いと思います。
 
最近になり、いくつかこの分野に関連するニュースが飛び込んできました。2024年12月には米国のGEヘルスケア社が、日本の放射性医薬品のトップメーカーである日本メジフィジックスの株を買収し、子会社化することを発表しました。
 
参照:GEヘルスケア、日本の放射性医薬品のリーディングカンパニーである日本メジフィジックスの株式50%を住友化学から取得し完全子会社化|PR TIMES
 
また2025年に入ってからは、日本の創薬スタートアップであるペプチドリーム社と、スイスのメガファーマであるノバルティス社が、国内に放射性医薬品の工場を建設すると発表しました。いずれも100億円規模の投資になると見られ、その力の入れぶりが伺えます。

 

放射線治療の歴史

放射性医薬品の用途は、がん治療と診断薬が主なものです。がん治療は、言うまでもなく放射線によってがん細胞を破壊することを狙うものです。
 
放射線によるがん治療の歴史は古く、1895年にヴィルヘルム・レントゲンがX線を発見した1ヶ月後に、早くもがん治療への応用がなされています。
 
参照:治療法による診療科案内 がん診療・相談・緩和ケア 放射線治療(放射線科)|大阪医療センター
 
1930年代には、放射性同位体を製造するサイクロトロンと呼ばれる装置が作られ、核医学の時代が幕を開けます。戦後には、原子力の普及とともに様々な核種が利用できるようになり、臨床応用されるようになりました。
 
放射線治療は、核種の放射性同位体から発される放射線を、患部に向けて照射する形が広く研究されてきました。もちろんこの方式は、現在でもがん治療の重要な手法であり続けています。
 
ただし、がんの患部は多くの場合体内深くにあり、放射線照射によって患部手前の細胞も傷害を受けます。ダメージをできるだけ抑える照射方法が開発されていますが、完全には防げません。
 
また、放射線治療に使われる線源は、半減期が比較的短く、強い放射線を放つ同位体でなければなりません。このため、取り扱いの際の被曝リスクなども大きく、過去には事故も起きています。
 
そこで、体内に最小限の放射性同位体を投与し、がん治療に用いる放射性医薬品が検討されるようになりました。といっても、ただ放射性物質を投与しただけでは、体内のあちこちに運ばれ、健康な細胞を傷害するだけになりますので、工夫が必要になります。

 

放射性医薬品の今昔

放射性医薬品として初めて認可を受けたのはヨウ素131を含んだ製剤で、1950年のことでした。体内に取り込まれたヨウ素は、甲状腺ホルモンであるチロキシンに組み込まれ、甲状腺付近に集まります。これを利用し、甲状腺がんやバセドウ病の治療に用いようというものです。
 
最近注目を浴びているのは、抗体医薬と放射性同位体を組み合わせたミサイル療法です。がん細胞特有のタンパク質に結合するよう設計された抗体に、放射性同位体を乗せたものです。
 
抗体は目標の細胞まで線源を運び、そこで放射線ががん細胞を破壊します(正確には、放射線が直接DNAを傷つけるだけではなく、放射線が水分子に当たって生じる活性酸素もがん細胞のDNAを損傷させ、細胞死を促進します)。
 
このタイプの放射性医薬として、イブリツモマブチウキセタン(商品名ゼヴァリン)があります。抗CD20抗体にイットリウム90を結合させたもので、非ホジキンリンパ腫などの治療に用いられています。
 
この方法は、がん細胞に特有のタンパク質に結びつく物質であれば、抗体以外の物質を用いることも可能です。特定のタンパク質に親和性の高い環状ペプチドを創り出す技術を保有したペプチドリーム社が、放射性医薬品の会社を買収したのはこれが狙いです。
 
参照:放射性医薬品事業のビジネスモデルについて|ペプチドリーム株式会社
 
がん細胞に結合して放射線を発する物質は、がんの部位を特定するためにも利用できます。このような検査薬も、いくつも開発されています。たとえば先のゼヴァリンに対して、インジウム111という放射性同位体を結合させたものは、ゼヴァリンの体内分布を可視化し、この薬による治療が適切かどうか判定する検査薬として用いられます。
 
このように、診断(Diagnostics)と治療(Therapy)を一体として進める手法は「セラノスティクス」と呼ばれ、現在注目を集める分野となっています。
 
放射性医薬品のキモとなる放射性同位体は、自然界から手に入れられるものではありません。かつては原子力研究施設で生成したものを購入していましたが、現在では製薬会社がサイクロトロンなどの装置を建設し、自製するようになっています。
 
こうした設備には多くの投資が必要になりますし、精製操作や製剤にも多くのノウハウを必要とします。このため参入障壁は高く、現在は日本メジフィジックスとPDRファーマ(2022年にペプチドリームが富士フイルム富山化学より買収)の2社が国内シェアのほとんどを握っています。
 
この2社に、今後はノバルティスが割って入ります。放射性医薬品の市場は、今後十数年で6倍程度に拡大するとの予測もあり、がん治療の分野にも大きな変革をもたらすことになりそうです。
 
参照:TPCマーケティングリサーチ株式会社、世界の治療用放射性医薬品市場について調査結果を発表(プレスリリース)|ドリームニュース

 

 
 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。