映画・ドラマ

公開日:2016.10.25 映画・ドラマ

「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。

vol.11 「孤高のメス」(2010年・日本)

医療制度の深部を鋭く描いたベストセラー小説「孤高のメス」が衝撃の完全映画化。“患者を救う”という当たり前の行為の前に立ちはだかる諸問題――医師不足、手術ミス、地域医療、臓器移植……。医療のあるべき姿とは? 病院とは? そして、命とは? そこに真摯に向き合う一人の医師の信念が、今、深い感動を呼び起こす。
主演には、その安定した演技力で数々の映画、TV、舞台に出演する堤 真一。そして共演には夏川結衣、吉沢 悠、中越典子、成宮寛貴、余 貴美子、生瀬勝久、柄本 明などの豪華実力派俳優が集結した。監督には、『クライマーズ・ハイ』(脚本)、『フライ,ダディ,フライ』『ミッドナイトイーグル』(監督)等を手掛けた俊英、成島 出。原作は、自身が現職の医師という肩書きを持ち、誰よりも医療事情に精通している大鐘稔彦。実際に生体肝移植を執刀している医療チームの監修による、忠実に再現した手術シーンも見どころである。
一流のキャスト、スタッフが挑む本格医療ヒューマンドラマ。

―1989年の医療現場を舞台にした、繊細でリアルな医療ドラマの佳作―

 

こんにちは。北品川藤クリニック院長の石原藤樹(いしはらふじき)です。映画と演劇が大好きな開業医で、ブログで映画評論もしています。これから、医療者の視点から見た、映画コラムを担当させていただきますので、よろしくお願いします。

 

今日ご紹介するのは、2010年に公開された日本映画『孤高のメス』です。
この作品は地域医療に携わる外科医である大鐘稔彦氏による小説が原作で、そもそもは連載漫画の原作として描かれたものです。大鐘氏は外科医の立場から、地域医療の問題点を巧みに抽出し、スーパー外科医の物語に、絵空事ではない肉づけをしています。

 

映画はかなり自由に原作を脚色していて、静かな港町を舞台に、一人の裏方に徹した人生を生きた、女性看護師の目から見た医療現場と、そこに忽然と現れた「スーパードクター」を通して、人間の命や想いが、人から人へとつながれるという、より普遍的で繊細なドラマとしています。

 

成島監督はもともと相米慎二監督(『セーラー服と機関銃』や『台風クラブ』など)の助監督などもしていた人で、等身大の人間達のコミュニティのドラマを、自然の風景と呼応するように、少し距離を置いて描くことが得意です。今回の作品でもその個性は発揮されていて、自然の描写は美しく繊細ですし、大俯瞰で遠方からの長回しなど、相米演出を思わせるような部分もあります。

 

作品は2009年頃の現在、亡くなった看護師の母親の遺品を整理していた研修医の息子が、1989年の母親の日記を読むところから始まります。
母親は市民病院の手術室の看護師として勤務し、女手一つで一人息子を育てていました。しかし大学病院から出向してきたやる気のない医師が、稚拙な技術で患者さんの容態を悪化させてばかりの医療現場に疲弊しています。

 

そこにある日、堤真一演じる孤高の外科医が赴任してきます。確かな技術と患者さん本位の姿勢、そして飾らない人柄に病院のスタッフは次第に引き込まれ、「患者さんを助けることができる」という自信をもつようになり、病院の雰囲気自体が変わっていきます。

 

そして患者さんを助けるには、(日本では当時実施が認められていない)脳死肝移植に踏み切らざるを得ない、という状況が生じて、ドラマはクライマックスを迎えるのです。

 

1989(平成元)年を舞台にしてちょっとレトロな昭和の感じを出し、それを現在と対比させてある種の志が引き継がれる様と、自分は裏方に徹して生涯を終えた一人の女性の生きざまにスポットを当てるという、入れ子のような構造が成功しています。単なる過去の物語ではなく、それが思いの継承として、現在に結び付いている点が感動を呼ぶのです。

 

語り手である看護師や主人公の外科医の生い立ちや背景は細かく説明をせず、余白を活かしたような脚本もいいと思います。役者さんもベテランが揃っていて安定感があります。

 

舞台となる1989年は私が医学部の6年生になった年ですが、地域の病院の雰囲気などは、なかなかよく出ていたと思います。ただ、手術室の設備や医療器具などは、古めかしすぎるような気がしました。私もそれほど違わない時期に市民病院クラスの病院に出向しましたが、田舎の小さい病院でも、もう少し設備は整っていました。映画のビジュアルは、70年代後半くらいの感じです。

 

そうした時代感覚を除けば、手術の場面を含めて、地域医療の現場が上手く描かれていたと思います。看護師などのスタッフが医師を中心としながらも、決して上下関係ではなくチームとして機能し、人間同士として交流しつつ切磋琢磨する姿は、医療に関わる仕事に就いている人には、誰でも参考になる部分があると思います。

 

やや地味な作品ではありますが、静かな感動を呼ぶ佳品です。テレビの連続ドラマの医療ものが、あまりに仰々しいことにうんざりしているような方には、特におすすめです。

 

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

北品川藤クリニック:http://www.fuji-cl.jp/

ブログ:http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

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