映画・ドラマ
「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。
vol.32「わたしはロランス」(2012年・カナダ・フランス)
モントリオール在住の国語教師ロランスは、30歳の誕生日に恋人のフレッドにある秘密を打ち明ける。「これまでの自分は偽りだった。女になりたい」。それを聞いたフレッドは、ロランスを激しく非難したが、彼の最大の理解者であろうと決意する。あらゆる反対を押し切り、自分たちの迷いさえもふり切って、周囲の偏見や社会の拒否反応の中で、ふたりはお互いにとっての“特別”であり続けることができるのか……?どこにも行けない“愛”に果敢に挑戦するふたりのスペシャルなラブストーリー。
―性同一性障害をカミングアウトした詩人の10年の愛の軌跡―
今回ご紹介するのは、2012年に製作されたカナダ・フランス合作映画で、弱冠23歳のグザヴィエ・ドラン監督のみずみずしい感性が光る恋愛映画『わたしはロランス』です。この映画は性同一性障害が扱われていて、そのカミングアウトから周囲の無理解や差別の問題が描かれています。一方で、明らかに運命的に結び付いていた男女が、お互いのことを知り過ぎ求め過ぎたばかりに、添い遂げることがかなわなかったという、人生の奥底の不思議を感じさせる人間ドラマでもあります。
物語は1999年のカナダで始まり、その10年前の1989年にさかのぼって、一組の男女の10年の軌跡を振り返ります。1989年に35歳であった、モントリオールの国語教師で詩人のロランス(メルヴィル・プポー)は、自分は女性であると感じながら、肉体の性別は男性として暮らしています。しかし、その偽りに耐えがたくなり、資産家の娘で恋人のフレッド(スザンヌ・クレマン)に、「自分は女性だ」と告白します。
悩んだ末に彼の告白を受け入れ、女性となった恋人とパートナーであり続けようとするフレッドですが、服装やメイクを女性のものに変え、周囲から奇異の目で見られるロランスは、次第に社会から疎外されてゆき、職も失って、2人の関係も決裂してしまいます。ロランスとフレッドはそれぞれ別の道を歩むことになりますが、2人の人生はその後も何度か交錯することになるのです。
この映画の魅力は、何と言っても脚本と編集も勤めたドラン監督のみずみずしい感性にあります。決して若者の物語という訳ではないのですが、全編に若さの活力のようなものがみなぎっていて、観ているこちらもエネルギーをもらったような気分になるのです。主人公のロランスも恋人のフレッドも、常識にはとらわれない自由人で、実際に友達であったら、とても付き合いきれないな……と思えるような2人です。衝動的で身勝手で、破滅的なところもあります。ただ、そうした2人のきれいごとではない体当たりの人生が、青春そのもののような輝きを持って、観客の心に風穴を開けるのです。
再会した2人が刹那的に繰り広げる逃避行で、派手なファッションをキメて田舎町を歩く2人の頭上から、なぜか色とりどりの衣装が空から次々と降り注ぐという印象的な場面があります。これは、理屈を超えた活力と妥協のない美意識を感じさせる名シーンでした。ちなみにこの衣装も監督自身のセレクトによるものです。決して明るい話ではなく、ハッピーエンドでもないのに、鑑賞後は何か爽やかな気分になり元気が出るのも、作り手が「生きる」ということの素晴らしさと活力を信じているからだと思います。
この作品の時代背景は1989年からの10年間に設定されていますが、マイノリティーに対する理解がまだ十分ではなかった時代を描くためだと思います。今では同性同士の結婚や、性別にとらわれない服装やメイクなども、それほど違和感なく受け止められるようになりましたが、それでも「自分たちと違うもの」に対する拒否感や、社会の常識的なものから外れた価値観、嗜好に対する嫌悪感や差別的な感情などは、対象が変わっても存在します。この映画が語ろうとしているものは、単純に性同一性障害のみではなく、もっと大きな、他者への排除的な意識のようなものなのだと思います。
マイノリティーの方の多くは、いろいろな面で医療を必要としていて、薬剤師の皆さんもそうした患者さんと、接する機会があるかもしれません。そんな時の理解の一助にも、この映画は参考になる部分を多く持っていると思います。
3時間弱という長尺ですから、じっくり観る時間は必要ですが、いったんこの世界に入り込めば、その長さは気にはなりませんし、むしろもっと続いてほしいと思えるような心地よさのある作品です。世界が惚れ込んだ、若き気鋭の監督の感性の世界に、皆さんもぜひ挑戦してみてください。
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