知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第54回 「風邪の初期症状」「食べすぎ」「足のつり」にすぐに効く漢方薬
以前、ノド風邪を引きかけた友人に銀翹散(ギンギョウサン)とバンランコンの組み合わせを勧めたところ、「漢方は何日も飲まないと効かないんでしょ?いまツライんだから、いま治したい!」と言われたことがありました。一般の人にとって漢方薬は効力を発するまでに時間のかかるイメージなのだとあらためて感じた出来事です。
漢方薬は体質改善を行って、不調を繰り返さない身体にしていきますが、「効くまで待てない」と漢方薬を敬遠する人も多いようです。しかし、漢方薬でも即効性のあるものはたくさんあります! 今回は例を挙げて紹介し漢方薬のイメージを覆したいと思います。
目次
- 1.こむら返りや足のつりに効く「芍薬甘草湯」
- ・芍薬甘草湯の作用
- ・芍薬甘草湯は対症療法
- 2.食べ過ぎてもスッキリする「加味平胃散」
- ・平胃散の作用
- ・焦三仙の作用
- ・「胃もたれ知らず」の強い味
- ・根本原因の解消が重要
- 3.風邪の初期症状に効く漢方薬
1.こむら返りや足のつりに効く「芍薬甘草湯」
即効性のある漢方薬の中でも、おそらくダントツといえるのが「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」でしょう。
あまりの効きの速さに、初めて飲んだ人は「薬が効いたのか? たまたま治ったのか?」と疑ってしまうほどです。吸収されていると思えないほど効きが速いため、いったいどういう機序で作用しているのか専門家の間でも話題になります。実験で解明して欲しい「漢方のフシギ」のひとつです。
・芍薬甘草湯の作用
芍薬甘草湯は、就寝中や運動中のこむら返りや足のつりなど、筋肉が急に痙攣して強い痛みが出た時によく用いられます。私も就寝中に足がつった時のために、ホフク前進でも手が届く場所に常備しています。
筋肉のつりを、中医学では「気血が行き届いていない状態」と考えます。陰血(いんけつ:潤いや血液)が行き届かない筋肉は、栄養や潤いを失います。そうしてギシギシと乾燥した筋肉は柔軟さをなくし、硬直・痙攣しやすくなるのです。また、ストレスや冷えなどによって、気血の巡りがせき止められた場合も、筋肉は硬直しやすくなります。
芍薬甘草湯のうちの「芍薬」は陰血を補い栄養を行きわたらせて筋肉をほぐし、「炙甘草」は気や潤いを補って急な痛みを和らげる作用があります。
「味」の組み合わせにも意味があります。芍薬は酸味、炙甘草は甘味であり、中医学では「酸味に甘味を組み合わせると、陰(潤い)を生み出す」と考えます。これを「酸甘化陰(さんかんかいん)」と呼び、薬膳のレシピにもよく使われる方法です。
・芍薬甘草湯は対症療法
芍薬甘草湯はあくまでも対症療法であって、漫然と用いるものではありません。症状を繰り返さないために、どうして筋肉の痙攣が起きるのか、原因を追究することが大切です。
症状や病気を引き起こした原因を求めて、根本から治す「治病求本(ちびょうきゅうほん)」は中医学の原則です。
2.食べ過ぎてもスッキリする「加味平胃散」
飲み過ぎや食べ過ぎで苦しいときのお助け漢方が、「加味平胃散(かみへいいさん)」。これは「平胃散(へいいさん)」に「焦三仙(しょうさんせん)」を組み合わせた漢方薬です。
・平胃散の作用
「平胃散」は、「芳香化湿剤(ほうこうかしつざい)」といって、いい香りのする生薬の組み合わせにより邪気を追い出す作用があります。平胃散に含まれる植物のオケラは、お祓いに使われてきました。その他にも例えば、白檀(びゃくだん)や沈香(じんこう)が線香に用いられるなど、芳香のあるものは邪気を祓う作用があります。
飲食の不摂生は、体の内に湿邪(=しつじゃ・水のダブつき、邪気のひとつ)の停滞を招きます。それにより、お腹の張り、胃部のつかえ感、胃もたれ、消化不良、悪心嘔吐、ゲップ、四肢の重み、分厚い舌苔、などの症状があらわれます。平胃散は湿邪を取り除いて、気の巡りを良くしてくれます。
・焦三仙の作用
「焦三仙」は消化を促進する「消食薬(しょうしょくやく)」で、消化の悪い食べ物や薬から胃を守ります。麦芽(ばくが)・山査子(さんざし)・神麴(しんぎく)の3味を炒めたり焦がしたりしたものを配合したもので、「仙」とは貴重なもの・ありがたいものといったような意味です。
中国では、医師が煎じの薬の処方の最後にしょっちゅう「焦三仙」を書き加えます。消化に負担がかかりそうな生薬が配合される場合や、長期間生薬を服用していることにより胃腸への負担が心配される場合、どの生薬でもお腹を下してしまう人のために「焦三仙」がよく処方されるのです。
・「胃もたれ知らず」の強い味方
もちろん日常的にも用います。気がついたらお腹はスッキリ、あろうことか数時間後には再びお腹が空きはじめてしまったりします。私も学生のころ、中医学仲間で焼き肉や食べ放題に行ったときは、たいてい誰かが消食薬を持っていて、食前と食後にみんなで分け合って飲んだ思い出があります(良くない飲み方ですのでマネはしないでください)。
また、中医学仲間の結婚式では、ひとりひとりの出席者の前に「焦三仙」が置かれていたり、コース料理のお口直しにあたる「グラニテ」に山査子が使われていたこともあります。お腹いっぱい食べたのに、本当に「胃もたれ知らず」でした!
・根本原因の解消が重要
話を戻しますが、加味平胃散にしょっちゅうお世話になる人は、「飲食の不摂生」か「根本的に脾胃が弱い」かのどちらか。後者は放っておいて良くなることは決してありませんので、きちんと消化吸収できる身体にするための体質改善が必要です。加味平胃散を上手に使いながら、根本的な原因を探り、なるべく早めに治した方がよいでしょう。
もともと胃腸が丈夫でも、長年の飲食の不摂生によって胃腸を弱らせてしまう人はわりと多くいらっしゃいます。このタイプの人もなるべく早く、養生や漢方薬で体質改善することをおすすめします。
脾胃(消化器系)は気血を作り出す大元であり、身体の中心軸なので、脾胃の弱さを改善することは、全身のさまざまなトラブルの予防と改善に将来的につながります。
3.風邪の初期症状に効く漢方薬
以前に紹介した、風邪の初期に用いる漢方薬も即効性があります。ノドの痛みに用いる「銀翹散(ギンショウサン)」「桑菊飲(ソウギクイン)」「板藍根(バンランコン)」、寒気に用いる「麻黄湯(マオウトウ)」「葛根湯(カッコントウ)」「桂枝湯(ケイシトウ)」「香蘇散(コウソサン)」「麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)」「小青龍湯(ショウセイリュウトウ)」……漢方の風邪薬は、あらゆる感染症に用いられます。
これらの漢方薬は症状・体質に合うものを選ぶことが重要で、例えば寒気のある症状に体を冷ます銀翹散を使えばかえって悪化してしまいます。「漢方と風邪-ノド風邪に葛根湯はあり? なし?」「風邪・インフルエンザ対策に「バンランコン」!!」」の記事も参考にして、「おかしいな?」と少しでも体調の変化を感じたら、正しい処方で素早く一服しましょう!
漢方薬を今まで飲んだことがない人もここぞという時にぜひ試してみてください。漢方薬で症状が緩和されたら、不調を繰り返さないよう体質改善を目指しましょう。
参考文献:
・中国国家中医薬管理局中医師資格認証センター(編著)、陳 志清・路 京華(監修)、武藤 勝俊・陳 志清(翻訳)『中医内科学』たにぐち書店 2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
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