薬にまつわるエトセトラ 公開日:2026.05.12 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第139回

飲料業界大手によるOTC医薬品メーカーの買収…その背景と今後の展望は?

4月15日に飲料業界大手のサントリーは、第一三共ヘルスケア(以下第一三共HC)を2465億円で買収して子会社とし、医薬品業界に本格参入することを明らかにしました。第一三共ヘルスケアは、一般用医薬品(OTC)において市場シェア第2位を占める大手であり、かなりインパクトの大きな買収劇といえます。
 
ということで今回はこの買収の背景や、今後の展望などについて書いてみましょう。

 

第一三共ヘルスケアとは?

今回買収された第一三共HCは、21世紀初頭に起きた製薬業界の大型再編によって誕生した企業です。まず2004年10月、山之内製薬と藤沢薬品の一般薬部門が分離・統合されることで、ゼファーマ社が誕生します。
 
山之内・藤沢両社の本体は2005年4月に合併してアステラス製薬となりますが、それに先駆けてのものでした。アステラス製薬は主事業となる医療用医薬品に集中するため、一般薬部門を子会社として切り離す判断をしたのです。
 
これに遅れること半年、2005年9月に、今度は三共と第一製薬が経営統合し、第一三共が発足しました。こちらでも一般用医薬品部門を独立させる流れとなり、2006年4月に第一三共HCが誕生します。その後、第一三共HCはゼファーマを吸収合併し、現在に続く体制が誕生しました。
 
つまり第一三共HCは、かつての業界大手4社の流れを汲んでおり、これらの商品ブランドは今も生きています。たとえば同社は風邪薬だけで、ルル・カコナール・プレコール・ペラックという4つものブランドを保有していますが、これらはそれぞれ三共・山之内・藤沢・第一から引き継いだものです。

 

売却の判断

第一三共HCは、ここ最近4期連続で営業増益を達成しており、2025年3月期の売上は760億円、営業利益率は約17%と業績は好調でした。
 
参考:第一三共ヘルスケア社の株式取得に関するお知らせ|サントリー
 
とはいえ、年間売上が2兆円を超える第一三共グループ全体から見れば大きな数字ではなく、お荷物ではないが主役でもないというポジションでした。
 
多くの場合、医療用医薬品を主戦場とする企業においては、一般用医薬品部門は社名を広く知ってもらうための「広告塔」としての意味合いが強いといえます。しかし開発費などがかさむ中、こうした広告塔の維持にも限界があり、一般用医薬品部門を手放す傾向が進んでいます。
 
先に挙げた山之内・藤沢のケースは、その先駆けといえます。2016年には、武田薬品も一般薬部門を武田コンシューマーヘルスケアとして子会社化し、2021年に売却してアリナミン製薬が誕生しています。
 
第一三共の場合も、現在力を入れているがん領域へと、経営資源を集中させる判断であったようです。業績が好調で、高く売れるタイミングでの売却は、市場でも高く評価されているようです。

 

サントリーの狙い

買収した側である、サントリーの狙いは何なのでしょうか。2025年における同社の売上約3兆円のうち、飲料・食品事業は56%、酒類34%、サプリなどの健康食品類を含むその他が10%となっており、当然ながら各種飲料が圧倒的主力製品となっています。
 
参考:業績ハイライト|サントリー
 
ただし、特にコロナ禍以降、酒類の事業は緩やかな逆風傾向にあります。若者の飲み会離れなどもあり、顕著に落ち込むというほどではないものの、今後大きな成長は見込みにくい状況といえるでしょう。
 
こうした中、新たな成長エンジンを手に入れたいというサントリーの意向と、前述の第一三共側の考えがマッチし、今回の売却に至ったということでしょう。
 
実のところサントリーは、近年健康食品事業にかなり力を入れており、今回の動きもこの延長線上にあるものと見てよいでしょう。実際、同社ではOTC医薬品と健康食品・飲料との親和性の高さを、買収の理由に挙げています。

 

医薬品業界に乗り出す食品・飲料メーカー

サントリーのように、医薬品事業に乗り出す食品・飲料関連企業は、これまでにも数多くありました。たとえばキリンは協和発酵と組んで、抗体医薬などの分野で大きな成功を収めています。ただし大成功とまでいえるケースは、そう多くありません。
 
実はサントリーも、1979年に一度医薬品事業に参入したことがあります。この時は医療用医薬品を目指していましたが、結局第一製薬(当時)に売却して撤退しています。
 
こうした他業界からの参入失敗例の多くは、その会社の持つ技術と離れたところに踏み込んでしまったためといえます。医薬品業界はあらゆる面で特殊であり、何もノウハウを持たない状態で成功するのは、なかなか難しいということでしょう。
 
その点OTC事業は、研究開発よりも広告などに依存する部分が大きく、CM制作に定評のあるサントリーには向いていそうです。また、ドラッグストアやコンビニなどに対して、すでに強い販路を持っている点もサントリーの強みといえます。この点、前回の轍を踏まないよう、よく考えられた作戦と思えます。
 
この買収を見て、他の製薬企業もOTC事業切り離しに動く可能性はあるかもしれません。この大型再編が業界に今後どう影響を及ぼしてゆくか、注目に値しそうです。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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