平安時代中期に書かれたとされる『枕草子』は、世の中のさまざまな出来事や人の姿を鋭くとらえた作品として、現代まで読み継がれています。著者は、そんな『枕草子』に登場するテーマを薬剤師の視点で語ります。
たとえば、序段の有名な「春はあけぼの……」は、春の明け方の美しい光景を描写しています。著者はここから眠れない夜を過ごした不眠症の患者さんに思いをはせ、睡眠薬や睡眠障害の話へと展開しています。副作用に対して不安を感じている患者さんや、家族から疎まれ、早い時間でも睡眠薬を飲んで眠る患者さんのエピソードから患者さんそれぞれの背景に寄り添い、対応していくことの大切さが語られます。『枕草子』の描写から現代社会が抱える問題へ、さらにその中での薬剤師の役割へと展開されるスタイルが本書の特徴です。
また、社会が抱える問題にも著者の目は向けられています。『枕草子』第119段で「暑げなるもの」(暑苦しそうなもの)として書かれている「たいそう太った人の、髪の多いの」という部分から展開されるのは、現在、国を挙げて対策に取り組んでいるメタボリックシンドロームの話題。健康指導が必要となった患者さんに必要な支援をしていく薬剤師の役割は、これからが本番だと著者はいいます。
病気について書かれた第183段では、その中に挙げられている脚気が過去の病気ではないこと、そして、災害時の避難所の食事は脚気の原因であるビタミンB1の欠乏を招きやすい炭水化物中心の食事であることが問題だと指摘しています。その一方で、「若くて美しい女性がひどい歯痛で苦しんでいるところは色気がある」という『枕草子』の描写に対して「これマジですか」と突っ込みを入れるなどユーモアも忘れていません。
薬剤師と古典文学という一見離れた場所にあるように思えるものが、清少納言と著者の二人の女性の視点を通すことでつながり、古典が身近なものに感じられます。
著者自身も当初は、『枕草子』は「春はあけぼの」で始まる序段の部分しか知らなかったそうです。古典が好きな人はもちろん、今まで古典をあまり読んだことがなかった人や、「学生時代に、嫌々勉強したきり」という人にも、ぜひ手に取ってほしい1冊です。