西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!
第12回 陰陽学説の人体への応用(3)陰陽転化
今回は陰陽の関係を大きく分けた4つの性質のうち、4つめの「陰陽転化」を解説します。第10回「陰陽対立・制約」と第11回「陰陽互根」「陰陽消長」とあわせて読んで、陰陽学説の人体への応用を学んでみましょう。
4.陰陽転化(いんようてんか)
あらゆる事物の陰陽は、ある一定の程度・段階に達すると、陰は陽に、陽は陰に転じることがあります。これを「陰陽転化」といいます。
前回お話しした「陰陽消長」が量的変化であるのに対し、「陰陽転化」は質的変化といえるでしょう。陰陽転化にはある一定の条件があり、片方が最高度に達したときに他方に転化する傾向があります。これを「陽極まれば、陰となる。陰極まれば、陽となる。」といい、あらゆる自然界の変化、人体の生理・病理にも応用できます。
下の図をご覧ください。四季を例にして考えてみましょう。夏至は自然界の陽気が最も極まる日であり、その日を境に“陽極まって陰となり”、徐々に「陽消陰長」していくのがわかります。逆に、冬至は自然界の陰気が最も高まるときで、このときを境に“陰極まって陽になり”、「陰消陽長」しながら少しずつ春に向かうのがわかります。
人体の病理に置きかえて身近な例で考えると、はじめ寒気が強い風邪も、そのうち高熱が出て、“陰”から“陽”に転化していきますよね。
実は、人間の発病率や死亡率においても、二至(冬至・夏至)と二分(春分・秋分)の間に大きな違いがあります。二至は陰陽が転化する不安定な時期のため、発病率・死亡率ともに高くなり、二分は陰陽のバランスがとれている安定した時期のため、どちらも低いことがわかっています。それゆえ、中医学の専門家は、夏用・冬用で処方を加減することがあります。
以前もお話ししたように人体と自然界の関係性を考え、その調和を目指すのは『整体観』といい、中医学の基本的な考え方ですよね。
太極図の上部、陽(白色)が膨らみに膨らんで、徐々に陰(黒色)が生まれる部分は、まさに「陽極まれば陰となる」の陰陽転化を表しています。太極図の下部、「陰極まれば陽になる」についても同じように考えます。
新しく生まれる陰は、陽中の陰(白地の中の黒点)が元になっています。陰中の陽(黒地の中の白点)が存在するのは、どんなに陰が強くなろうとも、陽はなくならないことを表しています。このようにして、陰と陽はバランスを保ちながら、延々とこの循環をくり返します。
これを人間に置き換えると、新しい生命は陽(男性)と陰(女性)の“統一”によって誕生します。そして、ひとりの人間の中の陰と陽が離れ離れになることは、生命が閉じることを意味します。
日々の養生法にもつながる陰陽学説
陰陽学説を知ることは、睡眠など日々の養生法にもつながります。
例えば良質な睡眠のためには、体内に陰が満ち足りていることと、自然界の陰気が一番濃い時間帯に眠ることが必要です。中医学では、体内の陽が陰の中にすっぽり入りこむことで初めて、人はぐっすり深く眠れると考えます。それゆえ、陰(血や津液※)の少ない体質の人は、眠りが浅い・夢が多い・途中覚醒の傾向がよくみられます。
子の刻(23時~25時)は陰気が最も極まり、陰から陽に入れ替わる時間帯となりますが、人は陽の時間帯(深夜1時以降)に入ってしまうと、寝つきづらくなってしまいます。寝るのが遅くなって、かえって目が冴えて眠れなくなってしまった経験はありませんか? 人体の陰陽が入れ替わる時間の前、できれば23時には、すでに熟睡しているのがベストです。この“陰陽転化の時間帯”に身体を休めぐっすり眠ることは、心身の健康のためにとても大切です。
ここまで、陰陽学説と太極図についてお話ししました。臨床において、この陰陽の考え方は、患者さんの症状を聞き、身体がどのように陰陽のバランスを崩したのかを分析し、治療法を導き出すための、非常に重要な思考法です。
陰陽のバランスがとれていると「健康」、バランスを崩すと「病気」になります。
次回は、「陰陽のバランスを崩した状態」について、身近な例を入れながら、お話ししたいと思います。
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- 津液:身体の潤いのこと。血液以外の体液。