人類は医学の発祥以前から、実際に摂取したときの経験によって毒を持つ物質の存在を認識し、それを避けるための知恵も持っていたようです。しかし、細菌毒のように当時の知識では因果関係の特定が困難だったものについては、精霊や悪魔のしわざであると考えられてきました。
その後、古代ギリシャやローマで医療が体系化される過程で薬学についての文献である『薬物誌』が登場し、同時期の中国でも生薬を毒性によって分類した『神農本草軽』が作られるようになります。人体に作用する物質を毒として避けるだけでなく、病気の治療に活用する知恵が体系化されるようになりました。
さらに細菌学の研究が進むにつれて、それまでは超自然的な力によるものとされていた感染症が病原菌によるものだとわかり、感染を防止するための消毒法も確立されていったのです。本書ではこうした“人類と毒の歴史”が時系列に沿って、明快にまとめられています。
この本では規制薬物・化学兵器など危険性のある物質や、食品添加物・カフェインなど生活に密着したもの、さらに麻酔薬やワクチン、抗生物質などの医薬品まで、それぞれの性質や化学構造式が詳しく紹介されています。似た化学構造を持つ物質はまとめて掲載されているので物質同士の関係性がわかりやすく、有機化学の基礎知識を整理したいときにも役立つのではないでしょうか。
身近な物質や医薬品などをあえて「毒」という切り口で考えることによって、同じ物質でも使い方によって人体に有用に働くこともあれば、害を及ぼすこともあるという事実を改めて実感できます。
薬剤師が日常的に扱う医薬品についても例外ではありません。病気を治療したり症状を改善したりするために使われる処方薬も、“副作用”という形で患者さんを苦しめることもあります。薬剤師として医薬品を扱う責任を自覚し、気持ちを引き締めたいときにもおすすめの1冊です。