この物語の主人公である薬師寺千佳と遠藤宗史は、通常の創薬のプロセスを経ずに薬を開発できる「URT(超稀少疾患特別治療)」を行う医療機関の創薬チームで薬の開発に携わっています。患者数が極端に少なかったり、あるいは世界で一人だけの「超稀少難病」の患者から依頼を受け、その人のためだけに開発する薬は、効果や毒性が未知の物質を使うだけに大きなリスクが伴う一方、治る見込みのなかった病気から多くの人を救います。
医療で治療方法や原因の解明できない病気の治療薬をつくり出すプロセスでは、身体に現れる症状や検査データだけでなく、患者自身のバックグラウンドや人間関係を探ることが必要になることも多く、二人はさまざまなできごとに翻弄されます。ときには限界や迷いを感じながらも目の前の患者を救うために力を尽くすうち、思いがけないところから解決のヒントを見出し、一気に問題が解決に向かうこともあります。
普段は製薬会社のMRや研究員として働きながら職場に隠してURTの創薬を行っている千佳と遠藤。ときには職場から「怠け者」「早退してばかりいる」などと批判的な目を向けられることもありますが、それでも二人が創薬に熱意をそそぐ理由は、「大切な人を救いたい」という思いからでした。
著者は薬学部で有機化学を専攻し、大学卒業後に製薬会社へ就職したという経歴の持ち主で、有機化学をテーマにした小説を数多く発表しています。経験や知識に基づいて書かれたストーリーには、現実に行われたiPS細胞に関する研究の概念が登場するなど専門性が高く、薬剤師の視点からも楽しめる作品です。
この物語に登場する「URT制度による創薬」はもちろん架空のものですが、病気で苦しむ患者さんを救いたいという熱意は現実の創薬、そして多くの医療関係者に共通するものではないでしょうか。医療や薬という視点から描かれる人間ドラマは、仕事で疲れたときの息抜きや気分転換としてもおすすめです。