薬剤師国家試験は薬剤師なら誰もが必ず通った道。毎年、試験の難易度や合格率が話題になりますが、国試は“現役薬剤師”として基本的な知識を再確認するチャンス。橋村先生の解説で、国家試験の過去問を「おさらい」しましょう!
ヒトの不用意な抗生剤使用により薬剤耐性が発現し、世界的にも大きな社会問題となっています。肌身に感じている薬剤師さんも多いでしょう。しかし最近になって、家畜やペットへの大量かつ不用意な抗生剤の使用や、環境汚染による薬剤耐性の拡大も注目されてきています。第101回薬剤師国家試験の問164から、まずはヒトへの薬剤耐性菌についての注意点を確認しましょう。
【過去問題】
問101(薬理)
β-ラクタム系抗菌薬の耐性発現及び副作用に関する記述のうち、正しいのはどれか。2つ選べ。
- 1β-ラクタム環を開裂するセファロスポリナーゼを産生する細菌は、セファレキシンに対する耐性を示す。
- 2スルバクタムは、緑膿菌に対して強い抗菌活性を示すが、セファロスポリナーゼによって容易に分解される。
- 3セフォタキシムは、セファロスポリナーゼを不可逆的に阻害し、β-ラクタム系抗菌薬の治療効果を高める。
- 4メロペネムは、腎尿細管に存在するデヒドロペプチダーゼⅠにより分解され、その分解物が腎毒性を引き起こす。
- 5セフメタゾールは、ジスルフィラム様作用を有するので、投与期間中に飲酒すると血中アセトアルデヒド濃度が上昇しやすくなる。
1、5
解説
- 1:セファレキシン(第一世代セフェム系抗菌薬)
セファロスポリナーゼにより不活性化。ペニシリナーゼには安定のため○。 - 2:スルバクタム(βラクタマーゼ阻害薬)
βラクタマーゼに対して不活性化するため×。単独での製剤はなくβラクタム系抗菌薬との配合剤として使用される。 - 3:セフォタキシム(第三世代セフェム系抗菌薬)
βラクタマーゼに対して抵抗性があるため×。問題文の表記内容はスルバクタム製剤の特徴。 - 4:メロペネム(合成カルバペネム系抗菌薬)
デヒドロゲナーゼⅠに安定。腎毒性は軽減されているため×。問題文の表記内容は同系統のイミペネム、パニペネム製剤の特徴。 - 5:セフメタゾール(第二世代セフェム抗菌薬)
分子の3位側鎖にN-メチルチオテトラゾール基を有しているとエタノールを肝臓にて代謝するアルデヒドロゲナーゼの活性を抑制する。結果アセトアルデヒドが蓄積しジスルフィラム様作用が発現するため○。
– 実務での活かし方 –
厚労省が2016年3月20日に発表した、現在の日本の抗生剤使用状況と薬剤耐性獲得状況は以下の通りです。
- 1.販売量の総量は多くない
- 2.新しい広域抗生剤(セファロスポリン系・キノロン系・マクロライド系)が世界と比べても極めて多く処方されている
※上気道炎患者の60%において抗生物質が処方されていた(intern Med 2009;48:1369-1375)。内訳は第3世代セフェム系46%、マクロライド系27%、キノロン系16%。 - 3.薬剤耐性菌の検出割合は、ヒトにおけるカルバペネム系抗生剤耐性率(17%)以外は、肺炎球菌ペニシリン非感受性率(48%)、黄色ブドウ球菌メチシリン耐性率(51%)にのぼり、世界でも上位に位置している。
(出典:厚生労働省)
また、WHOの推測によると2013年の薬剤耐性菌死亡者数は約70万人。しかし、耐性率が現状のまま推移すると、2050年には1000万人にまで増大し、現在の悪性腫瘍における死亡者数の820万人を超えると推定しています。加えてACP(American College of Physicians)クリニカル ガイドライン(表1)では抗生剤のヒトへの適正使用が明記されています。
1.気管支炎 | 検査や抗菌薬治療は不要 |
---|---|
2.急性咽頭炎 | A群溶連菌と確定診断したときのみ抗菌薬投与 |
3.急性副鼻腔炎 | 重症や二峰性のときのみ抗菌薬を投与 |
4.普通感冒 | 抗菌薬を投与してはならない |
以上をふまえ、ヒトにおける薬剤耐性菌への対策と畜水産・ペットにおける薬剤耐性の発現増加に対して、日本では2016年4月に取り組むべき薬剤耐性対策アクションプラン(National Action Plan on Antimicrobial Resistance)を作成し、より詳細な目標も定めています。
※詳しくは「薬剤耐性(AMR)アクションプラン(概要)」をご確認ください。(出典:厚生労働省)
このような背景のなか、2017年2月27日にWHOは、抗生物質が効かない12種類の細菌のリストを発表しました。(出典:World Health Organization)
この12種類の細菌は抗生物質への耐性獲得が非常に早く、現在の抗生剤の開発ペースでは、感染拡大時の治療に間に合わなくなる恐れがあります。そのため表2のように、開発の緊急度に応じて「重大」「高度」「中位」に分類されています。
重大 | 多剤耐性アシネトバクター、多剤耐性緑膿菌、カルバペネム耐性腸内細菌(CRE) |
---|---|
高度 | メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、サルモネラ、ヘリコバクターピロリ、エンテロコッカス、カンピロバクター、淋菌 |
中位 | 肺炎レンサ球菌、インフルエンザ菌、赤痢菌 |
事例
薬剤師として「抗生剤の使用」で思い浮かぶのは、ヒトはもちろんペットや家畜に対する各種感染症への治療。しかし畜水産業では表3のように、飼料添加物へ使用しています。
関係省庁 | 規制法律 | 目的 | |
---|---|---|---|
ヒト用医薬品 | 厚労省 | 薬機法 | ヒトへの治療 |
動物用医薬品 | 厚労省 | 薬機法 | 動物への治療 |
飼料添加物 | 農水省 | 飼料安全法 | 動物の成長促進・飼料効率の改善・生産性向上 |
抗生剤に限ったことではありませんが、使用された抗生剤は便や尿(排泄物)に残存します。通常排泄物は下水処理センターにおいて浄化されますが、残存している薬剤は浄化されないまま河川へ戻されることに……。特に抗生剤は、家畜においては治療だけでなく飼料添加物へも無秩序に使用されますので、土壌や河川流域への耐性菌の発現が危惧されます。(出典:農林水産省)実際に東京都の多摩川流域では2~3種類の抗生剤への耐性菌が発見されています。(出典:公益財団法人とうきゅう環境財団「病原性菌を含むスーパー多剤耐性菌の多摩川における存在調査」)このように、ヒトへの不用意な使用以外にも、ペットや家畜からの糞尿も含めた環境汚染によって耐性菌は繁殖。特に表4に示すようにテトラサイクリン系と16員環マクロライド系はヒトでの利用だけでなく、畜水産業でも広く利用されていますので注意が必要です。
ヒト用治療 | 動物用治療目的 | 飼料用 | |
---|---|---|---|
テトラサイクリン | ○ | ○ | ○ |
16員環マクロライド | ○ | ○ | ○ |
14,15員環マクロライド | ○ | ○ | |
第3世代セファロスポリン系 | ○ | ○ | |
フルオロキノロン系 | ○ | ○ | |
アミノグリコシド系 | ○ | ○ | |
ストレプトグラミン系 | ○ | ○ |
重要なのは、獣医師や畜水産業に携わる人とも連携して、抗生剤の適正利用を周知・徹底すること。
また実務では医療機関から処方された抗生剤を疑義照会で削除することは困難かと思います。患者さんには「処方された抗生剤を自己判断で服用中止すると、排除しきれない菌が耐性化、増殖する可能性があります。そのため、症状が改善したと思っても、じんましん、激しい下痢や腹痛などの副作用がなければ、抗生剤は飲みきるようにしてください」と伝えましょう。耐性菌発現の可能性を低くできるよう、患者さんへもよくお話しし、抗生剤について啓発していくことが重要です。