映画・ドラマ

更新日:2019.04.19公開日:2018.12.25 映画・ドラマ

「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。

vol.34「午後8時の訪問者」(2016年・ベルギー・フランス)

療養中の老医者に代わって小さな診療所を診ている若き女医ジェニー。ある日、診療時間をとっくに過ぎた午後8時過ぎにドアベルが鳴る。研修医が応じようとするが、ジェニーは止めた。翌日、診療所近くで身元不明の少女の遺体が発見される。監視カメラの映像から、その少女が午後8時過ぎにドアホンを押した主だったことがわかり、罪悪感からジェニーは謎を追いはじめる。“名もなき少女”に何が起きたのか。巨匠・ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督による極上のヒューマン・サスペンス。

―プライマリ・ケアのクリニックが舞台の異色のサスペンス―

 

今回ご紹介するのは、2016年に製作されたベルギー・フランス合作映画で、医療者にとってはとても身近で切実な問題を扱ったサスペンス映画『午後8時の訪問者』です。
舞台はベルギーの町中にあるプライマリ・ケア(家庭医)のクリニックで、病気になって診療を続けられない高齢の院長に代わり、若い女性医師である主人公のジェニーが、一時的に診療に当たっています。

 

ある日の夜、診療時間を1時間以上過ぎた午後8時に、クリニックに来訪を告げるベルが鳴ります。ジェニーはその時クリニックにいたのですが、ちょうど勉強に来ていた研修医と口論となっていたために、冷静さを欠いてそのベルを無視してしまいます。翌日クリニックを訪問した警察官から、アフリカ系の若い女性が近所で殺されたことを告げられます。実はその女性が前夜午後8時の訪問者で、彼女は最後に助けを求めて、クリニックのベルを鳴らしていたのです。そのことを知ったジェニーは責任を強く感じ、刑事が止めるのも聞かずに独自に真相を追いはじめます。

 

素人探偵が自分の関わる殺人事件の真相を、たったひとりで追い求めるハードボイルドタイプのサスペンスですが、その探偵役の主人公が、プライマリ・ケアの女性医師というのがユニークです。ベルギー市街の家庭医の日常が、リアルにかつ克明に描かれていて、その日常の中に事件の真相へのヒントが隠されています。社会派の作品を得意とする監督による演出は、細部にこだわった緻密なもので、医療者としては単純な物語を超えて、その場に向き合っているような気分にさせられるのです。

 

対応する義務はない時間外の訪問者に、医療機関としてどう対応するべきなのか。その結果にどのように向き合うべきなのか。医療関係者なら誰でも無関係とは言えないテーマが、真正面から描かれている点が一番の魅力です。

 

主人公の日常は、今の日本の地域医療と似ている面もあり、また大きく違っている面もあります。似通っている点としては、ある程度何でも屋として、専門領域以外の患者に対しても、適切な初期対応ができないといけない、という点。また、大学病院や専門医療機関の医師と比較して、プライマリ・ケアの医師は軽んじられている、という点や、外来と訪問診療を両方こなさないといけない、という点などがあげられます。

 

異なっている点としては、ベルギーはかかりつけ医制を取っているので、日本のようなフリーアクセスではないということ。患者は特定の家庭医と契約をし、原則としてその医療機関にしかかかることができない、というシステムが採用されています。この方式は、医療費削減のためには間違いなく効果的な制度なので、日本でも採用される可能性があります。

 

その一方で、専門医による検査が必要な患者であっても、契約した家庭医を通して予約を取るしかなく、その予約が数カ月待ちになるなど、患者の利便性を無視したようなデメリットもあります。日本と違ってクリニックには検査機器はほとんどないので、検査が必要な患者は全て専門医を紹介してもらうしかないのです。これは映画の中にあることではなく、私がヨーロッパ在住の方から直接聞いたことですが、胃が痛くて胃カメラの検査を希望しても、消化器の専門医の診察が3カ月後…というようなことが日常的に起こっているようです。

 

映画に描かれている急病患者への初期対応などは、日本の実情と異なっている面もありますが、実際の診療の参考になるようなところも多くあります。また、研修医と指導方針でもめたり、患者からずる休みの診断書を書くように迫られたり、日本でも同じように起こっているトラブルも描かれていて、親近感が湧きます。作品の内容自体も、移民の貧困や風俗産業の問題などを取り込みながら、ラストは主人公が地域医療に身をささげる、静かな決意で締めくくられるのが心に染みました。

 

薬局事情などは登場しないのですが、医療関係者だからこそ面白いトリビアが多く含まれた、大変興味深い映画です。ヨーロッパの医療事情を知るというドキュメンタリー的な面白みもあり、サスペンスとしてもよくできていますから、ぜひお勧めしたいと思います。

 

 

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

北品川藤クリニック:http://www.fuji-cl.jp/

ブログ:http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

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