薬剤師国家試験は薬剤師なら誰もが必ず通った道。毎年、試験の難易度や合格率が話題になりますが、国試は“現役薬剤師”として基本的な知識を再確認するチャンス。橋村先生の解説で、国家試験の過去問を「おさらい」しましょう!
脳卒中をはじめとした脳血管疾患は、2014年時点で、その治療もしくは経過観察を行っている患者数は118万人、死亡者数は13万人に及びます。がん、心臓病に次いで日本人の死亡原因の第4位となっており、寝たきりの最大の原因疾患でもあることからも、日本人にとって注意すべき疾患のひとつです。ただ最近では、医療の格段の進歩により脳卒中における死亡率は低下。リハビリテーションの効果的な支援もあり就労世代(20~64歳)の発症後の後遺症も70%程度が回復に至っています。
2015年にいわゆる「団塊の世代」が65歳以上となり、ますます高齢化が加速しているなか、2015年6月に「脳卒中治療ガイドライン」が6年ぶりに改訂されました。こちらが2018年時点で最新のガイドラインです。特に今回の改定では治療技術の進歩や新薬の登場だけではなく、2009年に発行された欧米基準のガイドラインを日本人向けに改定しています。そのガイドラインに沿った国家試験が出題された第101回薬剤師国家試験問題216-217を確認しましょう。
【過去問題】
55歳女性。身長 160cm、体重 70kg。起床時右手が思うように動かなくなり、救急外来を受診した。CT検査にてアテローム血栓性脳梗塞と診断され、入院にて急性期治療を受けた。この患者の血液検査データは以下の通りである。また、医師は重篤な腎障害があると判断した。
クレアチニンクリアランス 20mL/min、BUN 40mg/dL、ALT 7.1U/L、AST 12.5U/L、γ-GTP 10.0U/L、血小板数 20×104/μL
問216(実務)
以下は、退院時の再発抑制のための薬物である。この患者への投与が適切でないのはどれか。1つ選べ。なお、退院直前の検査データは入院時と大きな変化はなかった。
- 1シロスタゾール
- 2ダビガトランエテキシラートメタンスルホン酸塩
- 3チクロピジン塩酸塩
- 4低用量アスピリン
- 5クロピドグレル硫酸塩
問217(物理・化学・生物)
脳梗塞の発症には血小板凝集反応が関与するものがある。この反応に関する記述のうち、正しいのはどれか。2つ選べ。
- 1トロンボキサン A2は、血管内皮細胞から放出され、血小板凝集を抑制する。
- 2損傷した血管壁内から露出したコラーゲンは、血小板凝集を抑制する。
- 3活性化された血小板どうしは、フィブリノーゲンを介して結合する。
- 4プロスタグランジン I2は、活性化された血小板から放出され、血小板凝集を促進する。
- 5ADP(アデノシン 5ʼ-二リン酸)は、活性化された血小板から放出され、血小板凝集を促進する。
問216:2
問217:3、5
解説
問216
基本的に、梗塞の原因が心原性であれば抗凝固薬が、非心原性であれば抗血小板薬が、発症予防などに積極的に推奨されています。以上から問題文の患者は非心原性であるアテローム血栓性脳梗塞と診断されていることから、使用が推奨されるのは抗血小板薬。2の抗凝固薬ダビカトランテキシラートメタンスルホン酸塩が適切ではありません。
問217
- 1:トロンボキサンA2の作用機序を確認しましょう。トロンボキサンA2は血小板で産生、放出され血小板凝集能を発揮します。
- 2:血管が損傷した場合の止血行程を確認しましょう。血管損傷時に血管内皮細胞のコラーゲンにフォン・ウィルブラント因子が結合、血小板凝集能が発生します。
- 4:プロスタグランジンI2の作用機序を確認しましょう。プロスタグランジンI2は血管内皮から発生し、血小板凝集機能抑制能を発揮します。
– 実務での活かし方 –
まず、脳卒中には原因や病態の異なるいくつかの種類があります。表1にて脳卒中の分類を確認します。
大分類 | 定義 | 中分類 | 原因 | 小分類 | 特徴・原因 |
---|---|---|---|---|---|
脳梗塞 | 脳の血管が何らかの原因で詰まり血液の流れを妨げることで脳細胞が壊死する | 脳血栓症 | 動脈硬化 | アテローム血栓性脳梗塞 | 比較的太い血管で発生 |
ラクナ梗塞 | 細い血管で発生するが無症状のことが多い | ||||
脳塞栓症 | 不整脈(特に心房細動) | 心原性脳塞栓症 | |||
一過性脳虚血発作 | 動脈硬化・不整脈 | 画像診断上脳梗塞が認められず、症状が一時的 | |||
脳出血 | 脳内の血管が何らかの理由で破れて出血が発生する | 脳内出血 | 動脈硬化・高血圧 | 動脈硬化や高血圧によって脳内の細かい血管が出血する | |
くも膜下出血 | 脳内血管の瘤(脳動脈瘤) | 脳動脈瘤が破裂するまで無症状であることが多い |
脳卒中の基本的な治療は、発症直後の段階(急性期)から、症状の悪化や早期の回復のために注射や飲み薬などで治療を開始し、その後再発予防のために、抗血栓薬(抗凝固薬や抗血小板薬)による治療を生涯にわたって行います。また、再発予防のためには、高血圧、糖尿病、脂質異常症等に対する薬物治療も必要です。
治療ガイドラインのエビデンスには海外の文献や大規模治験が重視されるため、必ずしも日本の実情に沿っていないことも。その溝を埋め、より日本人の実情に合うように改訂されたのが今回の脳卒中治療ガイドライン2015です。
前回の2009年度版から改訂され、外来の薬局業務に関係すべき項目を表2にて確認しましょう。実情に沿った血圧コントロールの数値化とワルファリン製剤に加え、高い有効性と安全性を持つ非ビタミンK阻害経口抗凝固薬(NOAC)の使用が明確にされています。
改訂ポイント | 特記事項 | |
---|---|---|
脳卒中一般 | 高齢者の降圧目標150/90mmHg未満 | 本来は140/90mmHgが降圧目標となる。高齢者の場合、低すぎる血圧によって脳内血流の低下によるふらつき、転倒の原因となるため |
全ての非ビタミンK阻害経口抗凝固薬(NOAC)が推奨 | 2009年まではワルファリンのみが推奨。NOACは2011年に発売となり、血栓予防効果の同等性、食事制限(ビタミンK含有食材)がない、出血傾向の軽減から利便性が高い。薬価がワーファリンと比較すると10倍以上となる点が問題。 | |
一過性脳虚血発作 | 抗血小板薬の2剤併用の推奨 | |
慢性期の抗血小板療法においてシロスタゾールがアスピリン、クロピドグレルと同列となる | ||
再発予防に対して全てのNOACが推奨薬剤として追加 | TIAの既往もしくはうっ血性心不全、高血圧、75歳以上、糖尿病の危険因子が2つ以上ある | |
脳出血 | 急性期においてできるだけ速やかに収縮期血圧140mmHg未満に低下させる |
事例
治療方針や使用される薬剤の選択には医師側の方針があるため、安易に薬剤変更などを勧めることはできませんが、表3にて標準的な抗血小板薬と抗凝固薬との疾患における使い分けを確認します。
病態 | 発生機序 | 予防薬剤 | 疾患 | 基礎疾患 |
---|---|---|---|---|
動脈血栓(白色血栓) | 血流が速いと血小板が活性化され血小板含有量の多い血栓が形成される | 抗血小板薬:血小板が主な原因の血栓のため血小板の粘着・凝集を抑制する必要がある | 脳梗塞・心筋梗塞・末梢動脈血栓症 | 動脈硬化(高血圧・脂質異常・糖尿病)・不整脈・ |
静脈血栓(赤色血栓) | 血流が遅いと凝固が活性化されフィブリンの含有量の多い血栓が形成される | 抗凝固薬:凝固が主な原因の血栓のため凝固活性を抑える必要がある | 深部静脈血栓症・肺塞栓症 | 凝固防止因子の低下・血流の停滞・凝固因子の活性 |
では、実際の外来での問題点とは何でしょう?
それは抗血栓薬や抗凝固薬を服用している患者が、予定されている出血を伴う処置や手術時に休薬する期間が必要となることです。基本的に医療機関では中止期間を患者側へ情報提供しているはずですが、外来で会話をしていると案外忘れてしまっているという事例が出てきます。中止期間は各医療機関での取り決めがあると思いますので、非常に簡易となりますが作用機序とその中止期間を表4で確認します。
主な薬剤 | 中止日数の目安 | 作用機序 | 備考 | |
---|---|---|---|---|
抗血小板薬 | チクロピジン・クロピトグレル | 14日前後 | ADPのADP受容体への結合阻害 | 基本的に血小板の寿命と言われている日数前後の中止が一般的 |
プラスグレル | 14日前後 | ADPのADP受容体への非可逆的選択結合阻害 | ||
アスピリン | 10日前後 | 血小板のシクロオキシゲナーゼ阻害 | ||
シロスタゾール | 3日前後 | 血小板のホスホジエステラーゼ抑制 | ||
抗凝固薬 | ワルファリン | 5日前後 | ビタミンK依存性凝固因子の生成阻害 | |
アピキサバン | 1日前後 | 第Xa因子阻害作用 | ||
エドキサバン | 1日前後 | 第Xa因子阻害作用 | ||
ダビガトラン | 2日前後 | トロンビン作用阻害作用 | 腎機能により中止日数が異なる | |
リバーロキサバン | 1日前後 | 第Xa因子阻害作用 |
現在はどこの医療機関でも対象薬剤と中止期間を明確にしていることが多くなりました。しかし高齢者の場合、中止することは理解していてもどの薬が実際の対象薬剤なのか鑑別ができていなかったり、いつから中止なのか中止時期を理解できていなかったりします。保険薬局での確認作業が大変重要となりますので、薬剤師としても注意して取り組みましょう。
※2017年の脳卒中治療ガイドラインの追補を確認する場合はこちら。日本脳卒中学会