薬剤師の働き方 公開日:2024.01.23 薬剤師の働き方

薬剤師が海外で働くには?日本と海外の違いと海外就職成功のポイント

文:秋谷侭美(薬剤師ライター)

薬剤師のキャリアパスの一つに海外での就職が挙げられます。海外の薬剤師は、日本よりも業務の幅が広く、さまざまな業務にチャレンジしたい人にとっては大きなステップアップの場です。ただし、海外では日本で取得した薬剤師免許が使えないケースがほとんどで、新たに現地の免許を取得するか、今ある免許を使って短期間だけ働くかを検討しなければなりません。今回は、海外で日本の薬剤師免許を使って働く方法や海外の薬剤師事情を紹介するとともに、海外でのキャリア形成を成功させるポイントをお伝えします。

1.海外で薬剤師として働くためには基本的に現地の薬剤師免許が必要

海外で薬剤師として働くには、その国の法律と薬の知識が求められるため、現地の薬剤師免許は必須です。まずは海外の薬剤師免許を取得する方法について見ていきましょう。

 

1-1.海外の薬剤師免許を取得する方法①

現地の薬剤師免許を取得するには、その国の薬科大学に入り直すのが確実です。アメリカを例に挙げると、アメリカの薬学部は大学院教育のため、大学で指定単位を取得した人だけが大学院に進学できます。一部の大学では、海外の薬学部で取得した単位を使って編入できる大学があるため、活用するとよいでしょう。

例えば、フロリダ州にある私立のNova Southeastern University College of Pharmacyへの編入では、英語能力の証明となるTOEFLiBT79点以上やIELTS6.0などの条件を提示しており、条件を満たせば編入可能です。いずれにしても、大学院を入学・卒業することができれば、薬剤師免許試験の受験資格が得られるため、時間と費用は要しますが、確実に薬剤師免許を取得できる方法と言えます。
 
参照:Undergraduate Admissions|NSU Florida

 

1-2.海外の薬剤師免許を取得する方法②

アメリカで薬剤師として働きたい場合には、FPGEC認定を取得し、各州が定める実務実習を修了する方法もあります。FPGEC認定は、外国人薬剤師を対象とした試験(FPGEE)に合格し、TOEFLiBTスコアが以下の基準を満たすことで認定を受けることが可能です。

 

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参照:アメリカで薬剤師になる! ―FPGEC編―|薬屋、シアトルに移住する

 

FPGEE(foreign pharmacy graduate equivalency examination)は、基礎生物化学、薬学、臨床化学分野などから出題される試験で、CBT(computer based test)形式です。CBTとはコンピューターを使用したテストのことで、通常はインターネットを使って行います。
 
FPGEEでは、受験の申し込み、受験、採点、合格通知まで全てをコンピューター上で行いますが、不正防止のため受験は指定のテストセンターで行います。FPGEC認定を取得すれば、アメリカの薬剤師免許試験の受験資格と薬局・病院での研修資格を得られます。ただし、州によって条件が異なるため、FPGEC認定を目指す前に就職を考える州の条件を確認するようにしましょう。

 
🔽 薬剤師の英語力について詳しく解説した記事はこちら

 

1-3.海外の薬剤師免許取得を目指すということは

FPGEC認定制度を使ってアメリカの薬剤師資格を取得する場合、日本で受験準備ができるため学費や生活費などがかかりません。しかし、景気や雇用情勢に左右される労働ビザを得ること自体が難しい場合があります。試験や労働ビザの難易度を考えると、現地の薬科大学への進学を目指す方が遠いようで近道になるかもしれません。

アメリカにかぎらず、渡航先の国によって条件が異なるため、詳細を確認しておく必要があります。いずれにしても、海外で薬剤師として働くためには、相当な費用と時間、労力がかかるため非常に難易度が高いといえるでしょう。

2.日本の薬剤師免許を活用して海外で働く方法

日本の薬剤師免許を活用したい場合には、ボランティアや企業などで行う海外研修を利用する方法があります。

 

2-1.ボランティアとして働く

ボランティアであれば、現地の薬剤師資格は必要ないケースが多く、日本で得た薬剤師資格だけで働けます
 
例えば、青年海外協力隊では東ティモールへの隊員募集がありました(2021年6月時点)。東ティモール最大の総合病院であるディリ国立病院の病棟業務を支援する活動や、医薬品・医療用品サービスセンター(SAMES)で東ティモール国内の医薬品をよりスムーズに流通させるための活動などがあり、希望に合わせて応募できます。派遣期間は2年とされていますが、新型コロナウイルス感染症によるロックダウンなど、状況に応じて緊急帰国するケースもあるようです。
 
参照:要請情報概要|JICA

 

2-2.企業や大学の海外研修を利用する

企業や大学の海外研修を利用するのも一つの方法です。海外研修では、企業や大学が費用を負担してくれる可能性が高いため経済的には負担が少なくなり、海外での経験を得られるでしょう。現地の薬局や病院で薬剤師として働くのではなく、企業や大学の職員としての勤務となりますが、場合によっては、臨床薬剤師としての活躍できるチャンスがあるかもしれません。

 
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3.海外で薬剤師として働くために必要なもの

薬剤師が海外で働くには、就労ビザが必要です。続けて、海外就労に必要なビザについて見ていきましょう。

 

3-1.就労ビザの取得

ビザ(査証)とは、入国許可書としての役割を果たすもので、旅行用や就労用などに分類され、さらに細かい目的によってさまざまな種類があります。海外での身分証明書に当たるパスポートを発行することで、ビザの取得が可能です。渡航目的によってビザが免除されるケースもありますが、就労の場合はビザとパスポートをセットで用意するケースがほとんどでしょう。薬剤師が海外で働くには、就労ビザの中でも医療に関するものを取得する必要があります。詳しくは、渡航先の国の大使館や領事館で確認しましょう。
 
参照:ビザ(就労や長期滞在を目的とする場合)|外務省

 

3-2.ワーキング・ホリデービザを利用する

ワーキング・ホリデービザとは、日本がワーキング・ホリデー協定を結ぶ国で、日本国籍パスポート保持者が休暇を過ごすために取得するビザを指します。海外で働く場合、通常は就労ビザが必要ですが、ワーキング・ホリデービザなら、観光と就労が同時に可能です。
 
ただし、ワーキング・ホリデーには要件があり、年齢(おおむね18歳~30歳まで)や、渡航目的(主に休暇を過ごすこと)が限定されます。また、滞在期間も国によって異なり、1年前後に設定されている国が多いようです。一つの国につき、1回しかワーキング・ホリデービザを取得できないルールになっているため、取得するタイミングは慎重に決めましょう。
 
参照:ビザ(ワーキング・ホリデー制度)|外務省

4.海外の薬剤師事情

では実際に、海外で働くとなればどのような業務を担当するのでしょうか。日本と異なる薬剤師事情について、アメリカとカナダの例を紹介します。

 

4-1.処方権

日本とアメリカ・カナダの薬剤師の大きな違いは、薬剤師が処方権を持っていることです。アメリカは「プロトコール型処方権」、カナダでは「リフィル処方箋の発行権」と呼ばれていますが、アメリカとカナダで処方権の内容が少し異なり、それぞれ州や病院によっても処方権の範囲が異なります。

カナダの場合は、医師が発行した処方箋を繰り返し使用し、必要があれば処方医の投与量を超えない範囲で投与量の変更が可能であるのに対し、アメリカの場合は医師と薬剤師間で交わされた同意書という役割があり、定められた条件の下薬剤師が薬物を処方できます。

 

4-2.予防接種

アメリカやカナダでは、インフルエンザなどの予防接種を調剤薬局の薬剤師が行います。カナダの薬剤師は予防接種のトレーニングを受けると、5歳以上の患者さんであれば誰にでも予防接種を行えるようになります。特にインフルエンザの予防接種は無料で受けられるため、予防接種の時期になると通常業務に加え予防接種の対応も行うことになり、かなり忙しくなるようです。
 
参照:カナダで薬剤師|日本薬学会

 

4-3.医療事情

アメリカには国民全員を対象とする公的医療保険はなく、65歳以上の高齢者と65歳未満の身体障害者、低所得者のみが公的医療保険を使って病院を受診できます。そのため、健康で一定収入のある65歳未満の国民は、民間医療保険に加入していないかぎり医療費が全額自己負担です。

一方、カナダでは国民皆保険制度があり医療費は全て無料です。しかし、医療機関へのアクセスの悪さや待ち時間の長さが課題といわれています。救急病院では重症度によって3~5時間待ち、専門医の受診は家庭医の紹介なしでは受診できないため、医師の少ない診療科は数か月から1年先しか予約が取れないようです。アメリカ・カナダ共に、医師による医療サービスを受けるハードルが高いことから、薬剤師が身近な医療従事者として頼りにされています。
 
参照:アメリカ合衆国社会保障施策(2019年海外情勢報告)|厚生労働省

 
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5.薬剤師が海外で働くメリット

薬剤師が海外で働くメリットについて考えてみましょう。

 

5-1.国際的な医療の知見が身につく

海外での就職では国ごとに文化や制度、宗教、生活スタイルなどが異なるため、そうした違いを把握するだけでも大きな学びになります。状況によっては使用できない医薬品もあり、それぞれの患者さんに合わせて対応をするスキルが身に付くでしょう。日本にも海外からの観光客や労働者がいるため、海外での就職を通して、国際的な知見を身に付けることは、将来、日本で働くことになった時も役に立つ経験になります。

 

5-2.語学力とコミュニケーション能力が身に付く

医療現場では、さまざまな立場や考え方の人と接することになるため、機会が増えるほど、外国人とのコミュニケーション能力が向上します。また、同僚や患者さんとのコミュニケーションはもちろん、自分の考えを伝えたり相手の考えを理解したりするための語学力が不可欠です。発音の悪さが原因で大きな医療ミスにつながる可能性も十分にあるため、海外で薬剤師として働くのであれば、実務レベルの語学力を身に付けることになるでしょう。

 
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6.薬剤師が海外で働くなら将来のキャリアプランを明確に

海外で働く経験を今後のキャリアに生かすには、将来のキャリアプランを明確にしておくことが大切です。海外で働き続けたいのか、経験や語学力を武器に日本で活躍したいのかによって、最適な就職プランが異なります。

例えば、カナダやアメリカの薬剤師免許は免許更新が必要で、日本のように一度取得してしまえば、一生使える資格ではありません。海外で薬剤師免許を取得するための労力と時間、資金を考えると、海外での薬剤師免許取得は海外移住を視野に入れる必要があります。
 
日本に戻って海外経験を生かす働き方がしたいなら、一時的な就労としてボランティアやアルバイト勤務を検討するのもよいでしょう。ただし、現地の薬局や病院でのボランティアやアルバイトは、コネクションなしで受け入れてもらうのはかなり難しいようです。先に海外で通用する医療分野の人脈をつなげておく必要があるかもしれません。

 
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7.薬剤師として海外での就職を目指すなら明確な計画を

薬剤師が海外で働くのであれば、将来のキャリアプランをしっかりと見据えて計画を立てることが大切です。永住を目的に薬剤師として働くのか、海外での経験を武器に日本で働くのかを明確にした上で、海外進出を成功させましょう。

 


執筆/秋谷侭美(あきや・ままみ)

薬剤師ライター。2児の母。大学卒業後、調剤薬局→病院→調剤薬局と3度の転職を経験。循環器内科・小児科・内科・糖尿病科など幅広い診療科の経験を積む。2人目を出産後、仕事と子育ての両立が難しくなったことがきっかけで、Webライターとして活動開始。転職・ビジネス・栄養・美容など幅広いジャンルの記事を執筆。趣味は家庭菜園、裁縫、BBQ、キャンプ。